澤村 斉美


どこへも届かぬ言葉のやうに自転車は夏の反射の中にまぎれつ

阪森郁代『ボーラといふ北風』(2011年)

この歌の前には

  ぎゆつとかたい空気を詰めて自転車の前輪後輪ともに頑(かたくな)

という1首。タイヤを指で押すとしっかりと空気が入っている、その手ごたえが「頑」だというところに、準備万端の自転車を好もしく思う気持ちが表れている。

 

掲出歌は、走り去っていく自転車を見かけたのだろう。「どこへも届かぬ言葉」は、いろいろと考えられる。心の中に思い浮かんでは消えていく言葉、ふと口にしたけれども誰にも届かなかった言葉など。誰にも届くことがなく、形としてのこることもない言葉だけれど、確かに生まれた、その一瞬の言葉のきらめきを、夏の光の中にまぎれていく1台の自転車に託している。