澤村 斉美


切株の裂け目に蟻の入りゆきて言葉以前の闇ふかきかな

今井恵子『やわらかに曇る冬の日』(2011年)

切株の裂け目に蟻が入りこんでいく。不思議な光景である。食料があるのか、あるいは巣を作ったか。自然の営みとして何ら不思議はないことだが、裂け目に次々と入り消えていく蟻の姿と、結句の「ふかきかな」が呼応して、裂け目の奥に広がる深い闇を思わせる。

 

そんな第三句までを比喩として、「言葉以前の闇」を見つめる心を詠う。「言葉以前の闇」はいろいろな取り方があるかもしれない。「人間が言葉を使う以前」というふうに、人と言葉の歴史を俯瞰する視線を読むこともできる。が、ごく個人的な状況を想定して、言葉にはならない自分の心の様態のことを言っているものとして読んだ方がいい、と私は思う。切株の裂け目の奥の闇と、言葉にはならない混沌とした心の様態とが呼応する一首だ。

 

歌集を読んでいくと、母の死を詠う一連の終盤にこの一首が置かれている。言葉にはならない自らの心の動きに作者の意思が入りこんでいき、対峙し、「ふかきかな」と思う。その実感を読みとりたい。「ふかきかな」にはどこか諦念がある。「言葉以前の闇」を知り、しかし、それを見つめ、受けとめているところがある。

 

  みずからの形にもどりゆくのだろう夜闇の中にて紙の音する

 

同じ一連から。夜の闇のなかで紙の音がする。謎を含む状況だが、丸めて捨てた紙がかすかな音を立てて開くところを私は想像した。紙が開く様子を「みずからの形にもどりゆく」と捉える。人の力で形を変えられた紙が、ひそやかに解放されていく様子は何かの暗喩のようにも思われる。一連のうちの一首として読めば、母の死をいかに認識するか、ということとも無関係ではないだろう。