嵯峨直樹『神の翼』(2008年)
恋愛とは、好きか嫌いか、それだけ。
周辺の事情やしがらみや屈託なんてとり払って、気持ちに正直にさえいてくれればそれで恋は充ち足りる。
この歌、ふつうに5・7・5・7・7で読むと、二句目以降の句の頭にすべて「いて」がくる。だから読みあげると、「いて」に力がこもってしまう。しかも言葉の並べ方も文字通り「単純」、なのにリズムがとりづらい。
そこで7・7・5・7・5で内容にそって切りながら読むと気持ちいい。気持ちいいということは、そう読むのがきっといいのだろう。すると、散文的だけれど、それなりの味わいを持って読むことができる。不思議な歌だ。
恋愛に限らず、ひととのつながりに不純物を持ち込みたくないという願いは多くのひとが持っているのではないだろうか。
この歌は、そんな無菌状態の関係へのあこがれでいっぱいだ。
歌集のなかにはほかにこんな歌もあった。
からっぽになれたらもっと愛されるたとえばきれいに笑う妹
「からっぽになれたら」「きれいに笑う妹」という表現からもやはり、穢れのない無垢なものへ思考がよみとれる。
恋愛とは、好きか嫌いか、それだけ。
そうおもえたころが懐かしい。けれどやはり、今も、そうやって生きていこうじゃないか。そうおもった。