若い世代に読まれている短歌の本といえば、書肆侃侃房の短歌ムック『ねむらない樹』があります。最新号のvol.11は2月28日に発売されました。2018年の夏に刊行されたvol.1以来、2023年の夏を除き、毎年夏と冬の2回刊行されています。2000年代前半に発行されていた『短歌WAVE』と『短歌ヴァーサス』は比較的短期間で終刊となりましたが、本誌はしばらく続いていて安心しています。
さて、『ねむらない樹』vol.11には吉田雅史による「ヒップホップ短歌試論」が掲載されています。この評論にはすごく興味をひかれました。本論の要旨は二つあります。一つはラップの押韻による詩的飛躍と、短歌の上句下句における飛躍が重ねられること。もう一つは、リアルとリアリティの違いに関連してヒップホップにおける「ボースティング」の概念を導入し、短歌におけるその手法を分析することです。「ボースティング」は自画自讃や誇張のようなニュアンスをもつ語として紹介されています。私の興味は後者にあります。
ヒップホップに見られる手法が短歌にも見られることについて、吉田は以下のように語ります。
ボースティングがラッパーの基本的な構えとなっていることには理由がある。〔中略〕社会で抑圧され日常を生きるとき、せめてライムのなかでは自分を誇ること。〔/〕歌を詠むことでなんとか日常を生き延びている歌人がいるように、ラップをすることでなんとか日常を生き延びているラッパーがいる。ラップや歌に救われ、すがる思いでひとりの鑑賞者からプレイヤーになる。〔中略〕楽器が弾けず、なんの機材も持っていなくと、いつでもラッパーを名乗り、ラッパーになることができる。口語化が進んだ短歌と歌人の関係と同じように。
吉田雅史「ヒップホップ短歌試論」『ねむらない樹』vol.11(書肆侃侃房, 2024)
この話題に関連して引用されているのは、永井祐と北山あさひの歌でした。「ボースティング」の概念は、作者と作中主体のズレに宿るものを考えるために導入されています。けれども読み進めていくうちに、現実と現実らしさの話題から離れて、いつのまにか救済の話になっています。私はここが気になりました。短歌や歌詞にリアリティを感じられるとなにが嬉しいのか。リアリティの話題が救われることにズレていくあたりに、リアリズムの魅力を考えるためのとっかかりがあるような気がしています。
さて、写実的であることと迫真であることは、英語でともに「realistic」と表現されます。けれども、現実があることと、短歌が良いことの間にはズレがあります。まずはここに立ち止まりましょう。ゆっくりやっていきます。現在の口語短歌のリアリズムを代表する歌人である永井祐は、このズレについて次のように語っています。
〔前略〕口語化は、ひたすら現物に近づければいいかというと、そうでもない。実作の実感なんですけれどね。「えっと、その」とか書いてあってもさむいじゃないですか。〔/〕私は少なくとも、若者言葉とか、方言みたいなこととか、「えっと」みたいなこととか、を、単に過激化すればよいかというとそうでもないと思います。
山田航・永井祐対談「自分たちの写生をあらためて産む」『短歌研究』2021年7月号
かつて『短歌研究』2021年7月号では、「二〇二一「短歌リアリズム」の更新」という特集が組まれていました。企画・立案は山田航で、永井祐、手塚美楽、𠮷田恭大、穂村弘の4人(掲載順)がそれぞれ山田航と対談しています。この特集ではなぜリアリズムをするのかは簡単にしか触れられていません。しかし、引用箇所のように、どのようにリアリズムをするのかについては、興味深い言葉が交わされています。
文字表現を「過激」に、よりリアルに話し言葉に近づけていったとしても、「さむい」ものになってしまう。理由はさておき、実感としてリアルが過ぎるとさめてしまう現象には覚えがある人も多いのではないでしょうか。ホンモノは思いのほか映えない。良さを引き出すには演出が必要になります。
これを踏まえた上で、吉田雅史「ヒップホップ短歌史論」の「ボースティング」を考えてみます。この話題について、当該評論で引かれている短歌は以下の3首でした。
1千万円あったらみんな友達にくばるその僕のぼろぼろのカーディガン
/永井祐『日本の中でたのしく暮らす』(元版2012)お年玉ください二百万円でいいです雪に立つ枯れ紫陽花
/北山あさひ『崖にて』(2020)『「育ちがいい人」だけが知っていること』という本をぜんぶ燃やして焼き芋
/北山あさひ『ヒューマン・ライツ』(2023)
……お金と、お金と、自己啓発本が詠まれています。興味深い論でしたが、僭越ながらひとつ注文をつけるならば、この引用歌では「ボースティング」概念の適用可能な範囲がかなり狭く見えてしまいます。どうにか、もう少し広い範囲に使えないか。
鼓舞するように自慢している短歌といえば、明治末期の浪漫派の歌人も俎上に挙げることができそうです。輪ゴムのようにこの概念がどこまで伸びるか確認したいので、少しだけ近代短歌の話をさせてください。
春みじかし何に不滅の命とぞちからある乳を手にさぐらせぬ
/与謝野晶子『みだれ髪』(一九〇一)くちづけを禁ぜられたる恋人はひと日ひと日におとろへにけり
/吉井勇『酒ほがひ』(一九一〇)
初期『明星』を代表する歌人である与謝野晶子と、後期『明星』および『スバル』で活躍した吉井勇を引きました。晶子は、春は短い。何に不滅の命というのか、と宣言して、自分の身体を「ちからある乳」と表現しています。勇のほうは少し控えめですが、自分の「くちづけ」が恋人に命を吹き込むような魔力のあるものとして示唆されています。こういうのは明治末期の流行でしたから、似たような傾向の歌は初期の若山牧水、石川啄木、北原白秋などからも探すことはできます。
晶子にあわせて吉井勇や明治末期の男性歌人を引いたのは理由があります。こうした演出過多であったり、「ぽうずばかり盛んで」ある歌は、1951年に釈迢空(折口信夫)によって「女歌」と呼ばれました(※1)。折口は茅野雅子、山川登美子、与謝野晶子と、『恋衣』(1905)に参加している初期『明星』の女性歌人3人を挙げつつ、その後に到来した現実主義の流れがこうした歌を押し流してしまったことを、「アララギ第一のしくじりは女の歌を殺して了つた。女歌の伝統を放逐していまつたやうに見えることです」と表現しています。
短歌史の話をするならば、釈迢空(折口信夫)没後の1954年に登場した中城ふみ子が女歌の概念を体現する歌人と見なされ、女歌の演出や反写実的手法が葛原妙子らによって語られたのち、反写実的な作風の塚本邦雄が「魂のレアリスム」(※2)を宣言して、前衛短歌の時代に入ります。話が逸れましたね。
問題は「ボースティング」がどこまで伸びるかでした。それを「演出」とまで抽象化してしまうと、もとの語の持っていたケレン味が削がれてしまいます。何かもう少し広く伝わる概念はないか。……例えば、自撮りの盛れる/盛れないのなどはどうでしょう。盛りすぎると、不自然に見えて萎えてしまう。けれども無加工では嫌だ。その狭間のちょうどいいところを目指して、どの自撮りアプリが“自然に盛れる”のか、言葉が交わされています。
「自撮り」といえば、短歌に詳しい方は、斉藤斎藤が阿波野巧也歌集『ビギナーズラック』解説で、阿波野は「大学時代に作歌をはじめると同時に自撮り文化の洗礼を受け、世界と同じ画面に映る〈わたし〉をどう詠むか、という課題に直面した最初の世代」と書いていたことを思い起こすかもしれません。
試みに阿波野巧也を含む90年代前半生まれの歌人の歌を、いくつか生年順に引いてみます。
学生時代力をいれて生きてきた 生きていくんだたくさんの夜
/上坂あゆ美『老人ホームで死ぬほどモテたい』(2022)冬の夜に遭えば驚く大男として真冬の夜をとぼとぼ歩く
/廣野翔一『weathercocks』(2022)街だって自然だし造花だって咲いてるよ。 どうしてぼくだけがぼくなのだろう
/阿波野巧也『ビギナーズラック』(2020)工藤家の長女 はらぺこあおむしでいちばん好きなページはサラミ
/工藤玲音『水中で口笛』(2021)
上坂の歌では就職活動に際して問われる“学生時代に力をいれていたこと”(通称ガクチカ)を捉え返し、意味をずらし、自分のこれまでの人生自体が自慢できるものだと打ち出されています。工藤の歌では、二句目以下の具体的な情報の真偽はわりとどうでもよくて、臆せず好きなものを言えること自体が「工藤家の長女」である自負を感じさせます。挙げられる食べものが果物類でない点も強さのイメージを連れてきますが、中間に『はらぺこあおむし』が介在するので、好きな食べものが直接挙げられるよりもドライな印象を与えます。
廣野の歌は自分自身を「大男」として描きつつ、同時に朴訥なニュアンスを付加しています。阿波野の歌は廣野以上に作中主体がダウナーで、青少年期の憂鬱が語られているのですが、自分自身のリアルさから逃れたい欲望の垣間見える点が興味深いかもしれません。
「ボースティング」から出発して、だんだんリアリズムの魅力が輪郭を結んできたように思います。けれども私は結論を急ぎません。今月はゆっくりやっていきます。
はたして、自撮りをするときのような作り方は、90年代前半生の世代以降に特徴的なものなのか。私は現代の事物に注目しつつ、表層的な文化論を書いているだけではないか。この点を内省してみます。
俵万智『サラダ記念日』(1987)のあとがきには、「原作・脚色・主演・演出=俵万智、の一人芝居」という印象的なフレーズがありました。数は多くないかも知れませんが、自撮り文化以前にも、自分自身が見られていることへの意識は見て取ることができます。
1月16日に発売された『現代短歌』2024年3月号では、「新人類は今」が特集されていました。『サラダ記念日』の帯文は「与謝野晶子/以来の/大型新人類/歌人誕生/!(/で改行)」と地揃え縦書きされています。1962年生の俵万智は新人類世代らしい。ほか1962年生まれの歌人には、穂村弘、 荻原裕幸、 林和清、 正岡豊がいます。特集ではライトヴァースと呼ばれたり、ニューウェーブと呼ばれたり、そのどちらとも呼ばれなかったりした総勢27名の歌人たちが、かつての若者の代名詞である「新人類」の名のもとに、世代という逃れようのない物さしで集められています。それぞれの歌人が短歌をはじめた時期は異なりますから、存在しない学校の同窓会を見せられているようでした。参加者も戸惑いを隠していません。その点もおもしろいですし、作品もエッセイもよいものが多く、私は当該特集を上機嫌に読み終えました。
さて問題は、主体を“盛る”ことが、90年代生まれ以降に特徴的な手法なのか否かでした。そこで『現代短歌』の新人類特集に参加している人の過去の作品から、それぞれがどのように短歌の主体を“盛って”いるのか見て見たいと思います。
恋人と棲むよろこびもかなしみもぽぽぽぽぽぽとしか思はれず
/荻原裕幸『あるまじろん』(1992)白き花の地にふりそそぐかはたれやほの明るくて努力は嫌ひ
/紀野恵『フムフムランドの四季』(1987)
また生年順に引きました。数は多くないのですが、上記のような例をみることができます。
荻原裕幸の歌では、高度消費社会が到来し、オリジナルとコピーの差異があいまいになる世界では、恋人によって生じる悲喜こもごもの感情も「ぽ」の羅列になる。そうした空っぽな主体が描かれています。ここにそれでも何か思うでしょうと突っ込みを入れるのは野暮です。
紀野恵の歌では、「かはたれ」つまり向こうにいる人は誰か問う時間帯、派生して「たそかれ(夕方)」に対する明け方のほの明るさが提示されたあと、「努力は嫌ひ」と意志表示がなされます。明け方を眺める人は早起きをしていて、早起きは努力ととても近いところにある語ですが、「努力は嫌ひ」だと。考えるたびに、この余裕のありそうな態度がおもしろく思えてきます。
もう少し上の世代の歌ではどうか。私は小池光の歌を思い浮かべています。小池光の話をさせてください。タイトルは大河ドラマのもじりですが、小池光の話がしたくて付けました。
わが体の秘密をいはば左膝蓋下部一寸余脛毛つむじ巻く
/小池光『日々の思い出』(1988)雨の中をおみこし来たり四階の窓をひらけばわれは見てゐる
/小池光『草の庭』(1995)
秘密を告白される場面はたいがい神妙な顔をしています。また漢字が続くと物々しい印象を与えます。そこまで散々煽っておきながら、明かされる秘密は左足の膝下3センチくらいのところにあるすね毛がつむじを巻いているという情報のみである。1首目は重大さと瑣末さの差がおもしろい歌です。これも自慢や自画自讃の一種ではないか。
2首目のほうは外側の視点と内側の視点が錯綜しています。どうやって主体は窓をひらく前に雨の中から来るお神輿を知っていたのか。外を見ているだけなのに、カメラの位置取りだけで短歌がとても奇妙なものに見えてきます。こうした自我の出し方もある。
昨年の『短歌研究』2023年8月号から10月号に掲載された連続企画「ここまでやるか。小池光研究」はとても良いものでした。4人によるテーマ別アンソロジーと解説、評論数編ないし資料、それから歌集解説が毎号掲載されるというとても贅沢で破格の企画です。小池光の手法については、この特集か、あるいは小池光の評論集『茂吉を読む:五十代五歌集』(2003)が参考になります。
再び少し短歌史の話をします。60年代から70年代には、前衛短歌が大きな影響力を持ったのに並行して、近代短歌の総括も行われました。現代の短歌は前時代の短歌とどのように違うのか。こうした問題意識のもと短歌評論が書かれていきます。かくして近代は一度過去となりました。けれども60年代後半には、前衛短歌運動も失速していき、挽歌や土俗やアミニズムなどの回顧的なテーマが語られたほか、若手の短歌は内向的だと批判されます。
そうした状況が10年ほど続いたタイミングで、系譜の途切れた近代短歌をリバイバルしたのが、前衛に影響を受けつつ出発した小池光でした。80年代の短歌史は女歌のシンポジウムと俵万智の登場が事件として語られますけど、その裏の重要な位置に小池光がいます。まさにプリンス・オブ・近代短歌です。
今年の月のコラム初回では、穂村弘の呼び出した前衛短歌が、穂村弘の世界観のもとに再編成されていることを挙げました。同様に、小池光の呼び出す近代短歌、特に齋藤茂吉は、小池光の世界観のもとに再構成されています。斎藤茂吉や近代短歌の権威を外して、現実と生活に近いところに置いてみる。そうやって近代短歌は現代的に改鋳されて延命されています。
そう考えると、2024年まで続くリアリズムの系譜の初めのあたりには、小池光がいるのだと仮説を立てられます。例えば中期の河野裕子における作風転換について、大森静佳は『この世の息:歌人・河野裕子論』第3章4節で、小池光からの影響を指摘しています。当の小池光は2009年に評論「生の発散」のなかで河野裕子の50代ごろからの作風変化について、「立つ歌」から「寝る歌」への変化、「野放図」「アリノママ」などの言葉で語っています(※3)。
かうなれば可愛い婆ちやんになるしかない 軽い丸メガネを買ひにゆく
子をふたり産みしのみなりこの子らのみ母と呼びくるる死にたるのちも
/河野裕子『体力』(1997)
これらの歌はたしかにありのままかもしれません。けれどここには、読んでいるとこちらまで気持ちよくなるような自己愛を見てとることができます。
ここまでの話を踏まえて、ここ10年くらいの短歌も見てみましょう。
わたしは別におしゃれではなく写メールで地元を撮ったりして暮らしてる
/永井祐『日本の中でたのしく暮らす』(2012)厚切りのベーコンよりもこのキャベツ、甘藍愛しゑサンドイッチに
/山下翔『温泉』(2018)
永井の歌はとても有名ですが、この歌には撮影することに発生するわずかな地元の良さと、その地元に自分自身が包括されていることが暗示されているように思います。山下の歌ではキャベツを愛しつつ、キャベツを愛する自分をも愛するような印象も受けます。
私はこのコラムを、リアリズムの魅力はどこにあるのかという問いからはじめました。ここまでの論をまとめるならば、リアリズムは短歌の中で、現実にありえそうな範囲で、限りなく素顔に見える「仮面の告白」ができる点に魅力があると答えられそうです。「仮面」の内実は、そうありたい状態でも、戯画化や矮小化でも構いません。萎えたりサムいなと思わないあたりで、自然に盛れるラインを探るのが、小池光以降の現代のリアリズムなのかもしれません。そういう点でも、2014年の私性論争と、60年代の私性論争は、繋がりそうで実は繋がらないと私は思っています。もちろん、モノ自体がもつわずかな抒情性を浮き彫りにするのもリアリズムだけれど、そちらはあまり競技人口が多くないように思います。
「ヒップホップ短歌試論」からはだいぶ遠くまで来てしまいました。もしかすると、私のコラムは「ボースティング」の概念を勘違いしていて、ヒップホップ側から見ると的外れなことを書いているかもしれません。ヒップホップに詳しい短歌プロパーによる、ヒップホップと短歌の接点を探る論も読んでみたいと思っています。
※1 折口信夫「女流の歌を閉塞したもの」『短歌研究』1951年1月号
※2 塚本邦雄「ガリヴァーへの献詞:魂のレアリスムを」『短歌研究』1956年月3号
※3 小池光「生の発散」角川『短歌』2009年9月号、『河野裕子:シリーズ牧水賞の歌人たちvol.7』(2010)に再録