光森裕樹


厨辺にぽとりぽとりと水おちてうつぶせのごとく冬に入るなり

小高賢『耳の伝説』(雁書館:1984年)


 

台所あたりから水滴が落ちる音が続く。それを耳にしつつ、冬の到来を強く感じている場面だ。
 

おそらくは誰もいないであろう台所の静かさと、水が感じさせる冷たさ。それらがすんなりと「冬」の感覚へと繋がってゆく。
 

「うつぶせのごとく」という比喩が深く印象に残る。顔を伏せる動作から、どことなく光量に乏しい暗さが想起される。また、匍匐前進のようににじりにじりと、しかし確実に冬へと突入してゆく様に、時の移ろいかたが的確に描写されているようだ。
 

掲出歌には次の一首が続く。
 

凍天に天狼星(シリウス)のこし鈍き灯の地下道に入る猫背のわれが

 

おおいぬ座の一等星シリウスを見ながら道を歩いてきたが、薄暗い地下道へと入っていく。掲出歌の「うつぶせ」と「猫背」が像を重ねるような歌の配置になっており、季節が「冬」であることが強調されている。
 

背中というものは直接見ることはできない。だから、「猫背」という言葉には、自分自身をどこかから見下ろして眺めているような感じがある。「猫背のわれ」という肉体的存在が地下道に入っていくのを、精神的なわれがシリウスのような高さで静かに見つめている。そんな不思議な分離感覚を読者にもたらす一首であるように思う。
 

掲出歌・引用歌ともに、冬になると思い出す歌である。