山下 翔


『嗚呼!!花の応援団』だけ並んでた床屋で切られすぎた前髪

笹公人『終楽章』(短歌研究社、2022年)

 

『嗚呼!!花の応援団』は1970年代のギャグ漫画でうんぬん、ということをWikipediaで読みながら、しかしこの漫画「だけ」が並んでいた「床屋」、というところから、なんとなく察しはつくのである。

 

これが時代やところによって、「ゴルゴ13」だけになったり、「こち亀」だけになったり、あるいは「島耕作」シリーズだけになったりするわけだ。

 

それだって必ずしも「だけ」とは限らないので、この床屋のスタイルというのがいかにもはっきりあらわれている。

 

「アフターコロナバイブレーション」という一連にあって、「懐かしの動画漁れば」「懐かしのCM集を見飽きぬ夜」といったうたの並びのそのあとでこの一首がある。「あたたかい」回想のうたである。

 

あの床屋の光景が、眼前にはっきりと浮かんでくる。と同時に、そこにいた自分、その自分が見たもの考えたことが、あったことが、芋づる式に思い出される。「嗚呼」というのは漫画のタイトルの一部でありながら、同時に、一首全体の詠嘆をもあらわしていよう。

 

「切られすぎた前髪」への嘆きが、新鮮におもいかえされながら、それすらも、もはや懐かしい。体言止めがその場面をくっきりと映しながら、どこか爽快ですらある。

 

次の一首は「百日ぶりの散髪」をうたう。こもりがちだった生活と、そこからの解放が、リアルに伝ってくる一連である。その解放へのバネとして、今日のこの一首があるようにおもえる。