吉田隼人


あけぼののあからむ東尾をひきて投げられし白球たま男の子らの聲

石井辰彦「七竈」『現代短歌大系11』(三一書房:1973年)

 

掲載当時、というより、新人賞応募作品という事情を鑑みれば応募当時というべきか、九州のプロ野球チームに東尾という投手がいた。タレントの東尾理子の父、のちに西武ライオンズの監督もつとめた東尾修である。このころ九州にあった野球チームは西鉄ライオンズのあとをうけた太平洋クラブライオンズないしクラウンライターライオンズで、これがのち埼玉に移って西武ライオンズになる。ホークスはまだ大阪にあって南海ホークスを名乗っていた。このあたりの時代背景は九州時代の岡井隆『辺境よりの注釈』にあらわれていたりもするのだが、ともあれ、東尾は西武ライオンズの印象が強いけれど、九州時代からの選手だった。

白球を追いかける男たちの姿に、ふと似つかわしくない「あけぼののあからむ東」、朝練にしても夜明け前からはできないだろうと思うのはまんまと術中にはまった口で、恐らくは東尾の名前を織り込んだ青年の才気を読み取るのが正しいのだろう。姓の音読みにかけてトンビとあだ名されたその投手はデッドボールも辞さない厳しいコースを突いて投げることで知られた。その投球が流星のように白い尾をひいて美しく流れるためには、いくばくかの暗さが必要であろう。そこに再び夜明けの情景をうたった掛詞が効いてくるようでもある。