生沼義朗


伊東一如/まつろはぬ人でありしをいつよりか保守の地盤となれるを憂ふ

伊東一如「マゾヒズム」(「短歌人」2019年4月号)


 

7月21日(日)は第25回参議院議員通常選挙の投票日だった。開票結果自体はまあ予想の範疇だった(某政治団体が比例区で最後の1議席を獲得したのには心底驚いた)が、日曜日の夜に選挙速報を見ながら思い出したのが掲出歌である。

 

掲出歌は「短歌人」80周年記念号の月例作品欄に掲載された歌だが、もともとは「嗚呼、アヲモリ」の題で第64回短歌人賞の候補作となった一連である。短歌人賞は「短歌人」の同人1欄と2欄の所属者から新作未発表30首を募集する結社賞である。選考は全作品を15人の編集委員全員が精読して事前に7作品を推薦するが、「嗚呼、アヲモリ」は8人の委員が推薦している。自分も推した。

 

候補作9篇には入ったものの、結果として本選では選に漏れた。短歌人賞は受賞作か佳作入選作以外は誌上に全作品が掲載されない。伊東はその後「短歌人」2019(平成31)年3月号から同年5月号にかけて、「嗚呼、アヲモリ」30首のうち約半数を断片的断続的に掲載している。今回はその作品を中心に見てゆきたい。なお、今回は「短歌人」誌での掲載順に掲載順に従ったため、短歌人賞応募時の作品の並び順とは異なることをお断りしておく。また一部の歌で改稿がなされているが、これも改稿後の作品を引用した。

 

 

吾(わ)が払ふと言ひはり梃でも動かざる御前(おめ)もジョッパリ俺(おら)もジョッパリ  「短歌人」三月号
貧しさと無知の表象ともおもふ津軽訛りをわれは忌みたり
いまは無き「後進県」といふ言葉こどもごころに傷つきしこと  「短歌人」四月号
教科書に日本歴史を学べどもわが青森はつひに出で来ず
いつだつてテレビドラマで殺さるる風俗嬢は青森生まれ
司馬遼は好きな作家にあらねども言うてくれたり「北のまほろば」  「短歌人」五月号
半世紀ちかくを異土に経りし身は死したるのちは故郷(こきやう)へと思(も)ふ

 

 

「嗚呼、アヲモリ」一連は、東京に出てきて半世紀近く経つ作者が故郷である青森県の風土や県民性をふりかえる内容である。津軽訛りや民謡、太宰治の『津軽』から大相撲まで詠みこまれる題材は幅広い。どの歌も郷土愛と屈折した感情が率直に表れており、自虐も随所に見られるが詠い口が明るいので陰湿さは感じない。構成は明確な連作というわけではなく、どちらかというとテーマに沿った群作という印象だが、全体の流れを意識して構成されているため読みやすく、内容も面白かった。ただ良い歌も多いが、司馬遼太郎を「司馬遼」と略するあたりは雑駁と言わざるを得ないし、5首目などは自虐と誇張が過ぎてしまって採れなかった。

 

掲出歌を読んでゆくと、「まつろはぬ」は、従わない、帰順しない、平定に対して抵抗を続けるなどの意味がある。「まつろはぬ民」はよく聞く言葉だが、ここを「まつろはぬ人」としたのは間違いなく意図的で、「人」としたときに「民」よりも個々人の人格や思考や感情にまで思考を掘り下げている手応えが産まれている。

 

一首の意味は、阿弖流為(アテルイ)らのようにかつて東北の人々は安易に中央に服従せず、そしてそこに自分も誇りを持っていたのに、特に戦後の青森は保守政党の地盤、言い換えれば中央の出先みたいになってしまったのを憂う、となる。確かに青森県は保守王国つまり自民党への支持が強い地域だ。もちろん他にも保守王国の地域はあるが、伊東がこう詠う背後にはヤマト王権によって「まつろはぬ民」であった蝦夷が東北に追いやられた伝承や青森が本州の果てにある意識があり、他の地域とは違う環境と経緯に基づく矜恃が潜んでいる。

 

韻律面では、下句を仮に「保守の地盤となるを憂ひぬ」などとすれば読むのにはスムーズだろう。「保守の地盤となれを憂」としたのは、もちろん長時間の経過を踏まえたゆえの「なれる」だが、韻律的にはよく磨かれた瘤のような隆起が生まれている。ここに作者のさまざまな思念が灯る。

 

さて、今回の参院選で青森選挙区は改選数1のところ自民党公認の候補が当選した。東北は6県すべていわゆる1人区で、自民党の3勝3敗だった。しかし他の1人区は北関東や北陸、山陰や南九州などの保守王国をことごとく自民が押さえたがゆえに今回も与党が多数を占めることになった。その背後には地方と中央の格差や、産業の衰退や過疎化などの問題点が切実に浮かんでくる。そうした現実や過去の歴史をすべて包括した上での憂いは重たい。