大野理奈子『スター』(本阿弥書店)
まったく同じ誤字を見たことがある気がするし、自分も打ったことは絶対あると思う(じっさい送信してしまうまでのところはない、と思いたい)。こういう誤字の歌や、短歌以外で見る例にあまりリアルさを感じたことはないが、これはほんとうにあると思う。「尾根ギアします」。もちろん「お願いします」の打ち間違いなのだけれど、字面が強い。ただ、「尾根ギアいたします」や「尾根ギア申し上げます」ではない「します」の簡素な敬語表現から、そこまでの致命傷ではないのかな、と推察する。一番頭を抱えるのは「よろしく尾根ギア申し上げます」だとろうか。尾根ギア申し上げたところで何もどうにもならなさそうだ。
もし、このような誤字のメールをもらったら、どう思うだろう、と想像する。もちろん相手との関係性によるけれど、仕事上であれば「お疲れなのかな」と思うくらいかもしれない。歌にはまだ情報があって、このメールが届くのは「暮れの夕べ」であるという。師走、仕事納めの時期なのかもしれない、と思えば忙しさも手伝って、「尾根ギア」も致し方ない、と主体の方では思うかもしれない。歌のなかに感情は描かれず、あくまで尾根ギアメールが届いたこと、それが暮れの夕べであったこと、が淡々と綴られている。
ヒセーキと伸びるかるさを持ち寄って手を振るような鳩の明るさ
「前の人」と呼ばれることのすずしさよ たった一人の草原にいて
大野作品にはこのような非正規雇用の職場を詠んだものが多くあり、もしかすると掲出歌もそのような場面なのかもしれない。「ヒセーキ」とカタカナで書かれるそれは紙飛行機のようにすーっと飛んでいくまさに「かるさ」がある。職場に根付かないことの「かるさ」や「すずしさ」を歌いながら、ともすると財務の人の名前や顔が一致しないうちに、「尾根ギア」だけが浮かび上がるような、ちょっと面白いと思っても特段誰に話すでもなくある、誤字のもつ軽さは一首のなかでむしろぴったりはまって輝くようでもある。
「げつ、かー、すい、まだ水曜日」と言うことのだんだん儀式めくロッカールーム
