井上 法子


どちらかは使はない券どちらかは使へない券どちらかは海

服部崇『新しい生活様式』ながらみ書房,2022.06

 

新型コロナウイルスが世界中で蔓延したことで、新しく生み出された言葉はいくつもある。それは、過去のわたしたちの想像力の範疇を超えてしまう出来事であったし、こういったことを目の当たりにすると、「現実」と「非現実」は決して二項対立の関係にあるのではなく、どこか一点を地続きに繋がっているものだと強くつよく感じます。

 

この歌集のタイトルである「新しい生活様式」も、コロナ以前には存在しなかった言葉のひとつ。寡聞にして知らなかったのですが、「ニュー・ノーマル」のほうはじつはずっと前から存在する言葉で、2007年~2008年にかけての世界金融危機や、その後の2012年までの金融上の状態を意味する表現なのだそう。

なので、この『新しい生活様式』という歌集、および連作のタイトルは、より「現在」よりの意味を抱いて誕生しているわけです。そしてこれは、2022年7月現在における「現在」を意味しているので、つねに更新される〈今〉という瞬間を指しているわけではないというのも念のため。

 

この歌集のなかで、コロナ禍を扱った作品は全体の1/4ほど。それ以外のものは、作中主体が「霞が関」にかかわる職務についていることや、河野美砂子さんの栞文の言葉をお借りすると、「〈ゴルゴ13〉のごとく地下組織に通じて諜報活動をするような人物が浮かび上がり、もうミステリー感満載。」な歌たちがつづくのですが、そういった不思議な時事性・現実性を伴う作品群の中から、少しだけ視線をそらしているようで気になったのが、今日取り上げた一首。このすぐ前には、

新旧の区役所よりの接種券届いておりぬ郵便受けに

という歌が配置されており、引越し前・後のそれぞれの自治体から、ワクチンの接種券が届いてしまった、という説明が、連作の中で律儀になされています。

 

それなのに、つぎのこの歌ではとつぜん、突拍子もないところへと視点を誘う。
「どちらかは」と言いつつも、使わない券と使えない券は同じもののはず(ワクチンを接種するつもりがない、というニュアンスで「使はない」・「使へない」でそれぞれ別の一枚ずつ、を表している可能性もありますが、この歌集を読む限り、そこに繋がる思想性の強さを感じることはなかったので、今日はこのまま読みを進めます)。なので、初句から第四句目までは同じひとつの使用不可の接種券について、言い方を変えて繰り返し述べ、さらにもう一つの、使用可のほうの接種券を「海」と名指している。あるいは、こちらも同じく使用不可のものを指しているのでしょうか。

二つの接種券に対して、「どちらかは」と言いながらも、それぞれをまっすぐに指示していないところ、そして最後に指をさす先が「海」であるところ。何も問題は解決していないし、何の謎も解けていないはずなのに、急に視界がすっと明るくひらけることで、おさまりよく一首として成立してしまう。そこに奇妙な爽やかさを感じました。なんだかまるでスパイの軽口のような……。