吉田隼人


意志表示せまり声なきこえを背にただ掌のなかにマッチ擦るのみ

岸上大作『意志表示』(角川文庫:1972年)

  わかりにくい歌である。代表歌でありながら雰囲気に流されて、一首の意図するところが必ずしも明確でない。

マッチは寺山修司からの借り物であろう。岸上の日記を見ると、ある時期から急にたばこについての記述が出てくる。マッチは寺山の「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし」のように一瞬だけ祖国という巨大な謎をうつしだす照明として機能するでもなく、まさしく場をつなぐために「一服」する無駄な時間稼ぎのようにうつる。声なきこえは背中まで迫っているのに、何を格好つけている場合か。

声なきこえ、は岸信介の発言に反発して生まれた「声なき声の会」、今だったら欅坂46の「サイレントマジョリティー」が思い出される昭和史の一場面を引用したものだろうが、その前が「意志表示せまり」と連体形なのがわかりにくくさせている。声なき声は意志表示を迫っているのではないのか。一首中の「われ」が意志表示を誰かに迫っているのであれば、なぜ自分は掌にマッチを擦るだけで何の行動にも出ないのか。寺山修司が岸上の没後、「いい歌なんか一首もないではないか」と悔やみの罵声を浴びせたのが思い出される。

岸上の書き物では、むしろ文庫にも収められた日記を好む。自分の弱さ、分裂をそのまま出している日記をサブテクストにすると、この歌も未完成な青年の分裂した試作に過ぎなかったのだと思わされる。彼は日記の中で恋愛感情の告白もまた意志表示と呼んでいる。それもこの歌を詠んで、会心の作だったと自信満々に記したその少し後に、すぐ。いつかある人が岸上の歌では政治をうたったものより、むしろ母への親愛をうたったものなどのほうがわかりやすく、よい出来だというのを読んだことがあるが、歌の出来はともかくとして、日記の文章ではなにより生活のささやかな一コマを叙したところが忘れがたい。デパートの会津物産展で買ってきた漆器でお茶を飲む夜や、東横線ガード下の飯屋で食べた玉どんのうまさを回想しつつ自分の食い意地を茶化すような記述など。永らえていればむしろその方向で歌が洗練され、よいものを残す可能性もあったろうにと思うのは、先日亡くなった古井由吉が岸上よりもわずかに年長で、ひところそれぞれ東大と国学院の学生として、同じ雪ヶ谷に住んでいたことに触発されてのことかも知れない。