生沼義朗


月丘ナイル/明日の朝飲むはずだった薬たち投薬トレイで雪解けを待つ

月丘ナイル「雪解けを待つ」(「短歌往来」2019年4月号)


 

前回紹介した「短歌往来」2019年4月号の特集「ハード・ワーキングをうたうⅧ」に、他にも興味深い医師の歌があったので、引き続きこの特集から取り上げる。

 

月丘ナイルは、「心の花」所属で、糖尿病を専門にする内科医である。今回も、出典の「短歌往来」2019年4月号は現在発売中の最新号である関係から紹介は最小限に留めるが、月丘の「雪解けを待つ」は明確な連作構成になっていて、ひとりの患者の死を見届けたことが一連から分かる。

 

作品とともに寄せられた仕事にまつわるエッセイには、「糖尿病内科医の仕事は地味である。(略)実際のところ外来が始まれば診察室から一歩も出ず、ひたすら診察をするのみ。(略)わたしは、手術もカテーテル治療も放射線治療も出来ない。わたしに出来るのは、一人一人の患者に向き合い、どこまでも付き合うことだけである。友人にも話さない様な事を聞き、私生活に介入せざるを得ないからこそ、こちらも徹底的に真摯になるしかないこの仕事はとてもシンプルだ」とある。

 

前々回は整形外科医、前回は産婦人科医と、医師と一口に言ってもいろいろな専門がある。作者の専門が見えることは歌の理解を深めるが、それだけでなく仕事に対するスタンスや矜恃が端的に伝わってくる。実に読みやすく、すぐれた一文である。

 

掲出歌は、「雪解けを待つ」8首の最終首であり、標題歌だ。「投薬トレイ」は、入院した経験がある人はわかると思うが、服薬の時間になると看護師がワゴンに乗せて薬を持って来るが、その際にスムーズに投薬できるよう事前に患者別に薬を仕分けしておくトレイだろう。トレイの中に翌朝に飲まれるはずの薬が残っていた。ここから、深夜か早朝に亡くなったこともわかる。一首から、死が突然であったであろうこともある程度予想できる。

 

結句の「雪解けを待つ」は、亡くなる少し前まで外に雪がある程度以上積もっていて、その雪解けを指していると読んだが、他の歌にも雪にまつわる歌がないので、少々自信がない。作者の心情を現しているとも読めるがちょっとベタなので、あまりそうは読みたくないのが本音でもある。

 

先述の理由で他の歌を引けないのが大変残念なのだが、患者の死を具体的に描いている歌は患者に正面から向き合って寄り添う気持ちがよく伝わってくる。これは、生活習慣病は文字通り生活習慣と関わる疾患だから、患者の私生活や生活史に立ち入らないと治療ができないことも大きいだろう。厚生労働省の統計によると糖尿病の総患者数は300万人を超え(実は自分もそのひとりだ)、今や国民病と言っていい。その疾患と闘うひとりの医師像も同時に浮かんでくる。

 

一連の歌にはひかりが存分に射しこんでいるのも印象的だ。「朝」という場面や、「雪解けを待つ」という表現ゆえだけではなく、ひとりの医師が持つ生命への希求の現れである。ただし、これは限りなく透明で希望に満ちあふれたひかりではない。専門医として多くの命を見送ってきたからこその苦みと勁さが含まれたひかりである。そのひかりがあるうちは、歌の魅力は損なわれることはないし、医師としても人としても信頼できるような気がするのだ。