染野太朗のアーカイブ

きみが見えない どんな窓もきみを見るとき鏡になって

ひとつぶのどんぐり割れて靴底に決心のような音をたてたり

いざというとき駆けあがって逃げるため「坂」を名に持ち吾は生きおり

五階より見おろす庭に傘とかさ出逢ひてしばし画鋲のごとし

この世とは忘れてもよいことばかり蜆をひとつひとつ食みおり

空のなかから降りて来たのかみづいろの自転車風に輝いてゐる

別るるためまことわかるるため会いて五十三年 母を葬(はぶ)りぬ

何をみても何を聞いても掘割のむこうの木さえ動かぬものを

水飲めば水さむざむと胃にいたる人を憎みてありし一日か

批評めく言葉のあとのしずまりに病室(へや)に誰(た)がむく蜜柑がにおう

足裏の小さき白きが駆け抜ける土色のつち踏むわが心に

火星見えると地学部が全校放送し夜市のやうな屋上である

食べることのできない人に贈るため花はあるのか初めておもう

はなびらの触れて生れたる水紋のいちばん外側のような夜

黙ることは騙すことではないのだと短い自分の影踏みながら

カラオケでトイレに行き戻ればそこにあなたが歌うという空間がある

全人類ひれ伏せわたしの背を越して子らが世界を見たがっている

紙飛行機はいちまいの紙に戻るだろう このしずけさが恋であるなら

奥の歯に歯間ブラシを当ててをり真顔といふをつひに持たざる

泣ききれず泣きやみきれず六月の空こきざみに肩をふるはす

鉄棒にぶらさがる子のまなざしの先ひらきたる花水木、白

青葉闇 暗喩のためにふりかえりもう泣きながら咲かなくていい

ほととぎす喧(やかま)しきまで鳴きつのる山の校舎やマル読みの声

すぐにもどるつもりの軽きよそほひに街上を過ぎ野の歩みなり

おのづから井戸のくづるる 黙せよと言はるるまでもなく黙しきて

朝雁よ つがひを群れを得て我はあまたの火事の上を飛びたし

蛍橋けふも渡つて買ひにゆくJAあをばの葉付にんじん

火鉢に火 灰皿に灰 花瓶に花 あなたはどんな手をしてるのか

スズカケと肌が似ていてスズカケじゃない並木道 木を見て歩く

ボンネットに貼りつく無数の虫の死が星座のように広がっている

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