永井 祐


掲示板に電光ながれゆくさまのなめらかなりき冬を思えば

内山晶太『窓、その他』

 

今は冬ですが、
これ、めっちゃ冬だなと思いました。
めっちゃ冬。
直接「冬」と書いてありますが、四句までに言われることを読み直していくと、
普通の意味では特に冬に特有というわけではないけれど、うわ冬だなという感じがすごくします。

いわゆる電光掲示板かと思います。
駅の中にあったり、ビルとか建物の外側についていたりもする。
「掲示板に電光ながれゆくさまの」は静かな流れをこわさないまま、上手いこと「電光」「掲示板」を詠み込んで、
それとわからせている感じがします。
句跨がりなどで「電光掲示板」をそのまま持ち込むと、けっこう雰囲気こわれてしまう。
このへんは短歌巧者っぽい感じがします。

電光掲示板の文字の流れていくさまがなめらかだった、と言っている。
これにすごく冬の質感って感じるんですけど、
実際に文字の流れを見てみると、さして冬を感じなかった(やってみた)。
よく見ると「冬を思えば」となっているから、現在は春以降で、
だから、これはリアルタイム冬ではなくて、「記憶の冬」にミートしている表現なんですよね。
思い起こす冬というところにぴたりとくる。そのミート具合に感心する。

語の単位で見ていくと、特徴的なのはやはり「なめらかなりき」というところなのかな。
記憶の冬の「質感」に触れているという感じがして、
なめらか、まで言われるところで、身体に眠っている感触の記憶の通路がこっちまで通じてくる気がします。
もちろん文字を覚えているわけではない。流れ方のなめらかだった感じだけがあって、音がないような。色もなくてもいいのかもしれない。
そしてどこかエモい。

人は質感の記憶だけでエモくなれる。意外とインスタっぽいのかもしれない。
個人的な感覚のように見えながら、わりと多くの人がああっと思う歌な気がします。
わたしはめっちゃわかった。

歌集には冬の歌が多く入っている。もう一首だけ。

 

冬の夜のネオンまぶしく眼球は水面のようにひびくかすかに