土岐友浩


豊かさの底で/想像の足元で

今年の短歌研究新人賞は平出奔の「Victim」30首に決まった。
 
 
曲線は未来へ伸びて、ねえ、アレクサ、何人の犠牲で済むか計算できる?
 
 
アレクサはAmazonが提供するスマートスピーカー。「アレクサ」と呼びかければ、人工知能が家電を操作してくれたり、好きな音楽を流してくれたりする。同じようなサービスにAppleの「Siri」やGoogleの「OK Google」があるけれど、アレクサは家電との連携が強いので、特に「生活」や「家」に根ざしたイメージがある。

そのアレクサに向かって「何人の犠牲で済むか計算できる?」と問いかける作中主体。タイトルの「Victim」は将来にわたっての「犠牲」、すなわち新型コロナウィルスに感染し、病にたおれるであろう人々の数を指すものと、まずは考えることができるだろう。

作品の定型性に注目すれば、「ねえ、アレクサ」の置かれ方が興味深い。上句の「曲線は未来へ伸びて」が57、「何人の犠牲で済むか計算できる?」が577で、その間に置かれた「ねえ、アレクサ」は、三十一文字の韻律を離れつつ、言葉や意識の位相を切り替える役割を果たしているようだ。

一連全体では「故郷」から「知らない町」へと移り、行動範囲のきわめて限られた日々を送る、一人の人物の姿が描かれる。「故郷」や「町」が日本のどこかもわからなければ、作中主体の年代、性別、それらを推定する手がかりは、どこにもない。かろうじて「アレクサ」や「動画」などのモチーフから僕たちと同時代を生きる、どこかの誰かなのだろう、とわかるくらいだ。

上掲の歌は連作の終盤、二十六首目に登場する。ここに至るまで、人と人との会話がまったく登場しないのが本作品の大きな特徴である。メールやお会計の短いやりとり。会話らしい会話と呼べるのは、それくらいだ。逆に言えば、たったそれだけの接点しかないことで、作中主体がいかに社会から孤立しているかが浮き彫りとなる。
 
 
はいよ、って渡せば何も言われずに持ち去られた思い出が作られる
 
 
飛んできたボールを、小学生に投げ返したときの歌。選考では「意味が取りにくい」「不思議な歌だ」と評されていた。

しかし「何も言われずに持ち去られた」理由をシンプルに考えていいのなら、相手の小学生が、飛沫を飛ばさないように言葉を発しなかったから、ではないだろうか。僕自身も、身に覚えがある。たとえば近所の方とすれ違ったとき。落とし物を拾ってもらったとき。軽く会釈をするだけで、その場で声を出すことは、もう、ほとんどない。

「はいよ」と口にするとき、作中主体も逡巡したはずだ。おそらく相手もそうだろう。ボールを渡す、ただそれだけのコミュニケーションのなかに、苦しいまでの心の動きを想像することができる。
 
 
ぼくの人生はおもしろい 18時半から1時間のお花見  永井 祐

この街でつまらないのが丁度いい 朝方しめったベンチに座る  仲田有里
 
 
選考会では、何度か永井祐の影響に言及があった。そのひとつとして挙げられた〈日本で暮らしていると暑い日と寒い日があって服とかを着る〉などは、たしかに永井の『日本の中でたのしく暮らす』を連想させるかもしれない。あるいは近年の口語短歌なら、永井よりも仲田有里に近いと感じた方も多いのではないだろうか。

永井も仲田も、現実を飾ることなくフラットに詠う作者である。上に挙げたような作品を、「Victim」と読み比べれば、どうだろう。永井はいわゆる「ロスジェネ世代」の最後に属する歌人だが、その歌集名がはっきり宣言しているように、「この生活」こそが「たのしく」「おもしろい」のだという自負があった。同世代の仲田も、生活の「つまらなさ」を「丁度いい」と肯定的に支える感情が存在していた。

一方、平出の〈洗濯機揺れて小さなアパートも揺れて春の日を生きていること〉からは、「たのしさ」も「丁度よさ」も読み取ることができない。できそうにない。

ここに流れる感情を強いて言葉にするのなら、「アパシー」だと僕は思う。スーパーマーケットやドラッグストアを往復し、「ポイント5倍デー」にヨーグルトの買いだめをする暮らし。

本作を一位に推した米川千嘉子は「コロナによる非常時というより、それより前から広がっていた『知らない人ばかりの町』の情景、そこに生きる乾きや非情を突いて鋭い」と評した。慧眼だろう。コロナのせいで「この生活」を強いられている、のではない。コロナ以前から余儀なくされていた「この生活」、それが緊急事態宣言下において、あらわになったのだ。
 
 
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 とりあえず、僕たちの社会は、無理を承知でいまのシステムのまま行くことにした。
 となると、残念ながらこのシステムは枠組みごと終わってしまうだろう。そういうものだ。無理に続ければ、組織は滅びる。人類の理想ともいえる豊かさの中に暮らし、でもその到達点の高さに気づかず、まだ発展するつもりになっている社会は、見えない底のほうからゆっくりと沈んでいく。
 そして、若者はワリを食う。
 いまの若者は、どうあがこうと、上の世代とひとくくりにされてしまう。
 大敗戦後に生まれた人数の多い世代、それにつながる世代、すでに冥府の存在ともいえる連中と一緒にされてしまう。「大敗戦後の社会を形成した一番下の世代」なのだ。気の毒だと思うが、社会形成に参加してないのに、滅びゆく社会の一員にされてしまうのだ。
 このままでは “いまの若者” が活躍する場は、ついにはこの地上には現れない。豊かな社会の端っこにぶら下がったまま、どこにも行けない。ロシア革命におけるもっとも貧しいロシア貴族のようなものだ。貴族の恩典にはまったくあずかっていないのに、でも革命のときには民衆によって吊るされてしまう。しかも気の毒なことに、誰一人として同情してくれない。
(堀井憲一郎『若者殺しの時代』講談社現代新書、二〇〇六年)
 
 
選考会では、作者の平出が二十代の若者であることが明らかになるやいなや、口語短歌の「ポスト斉藤斎藤」や「ポスト永井祐」世代の登場として讃えられ、迎え入れられた。

そのこと自体に、必ずしも異論を挟もうとは思わない。僕もまた、たったいま、永井や仲田との比較において、平出作品の温度感を読み解こうとしたばかりだ。まして受賞作が優れた一連であることを否定するつもりは、まったくない。

それでも、平出の作品が、その出発点から「フラットな口語短歌の歴史」のなかに位置づけられようとしていることに、僕は一抹の心配がある。
 
 
「歴史」に目をこらし、その道筋を示すことが重要なのは言うまでもない。

だが、「歴史」を物語ると見せかけて、下の世代を自分たちと「ひとくくり」に巻き込んでいくような語り口には最大限の警戒を払うべきだ。それは「若者たち」を社会の犠牲者とみなすのと、同じくらい危うい。
 
 
歌葉新人賞で永井祐が登場したとき、加藤治郎は「時代の停滞」が、イコール「歌の停滞」になりかけていないかと危惧した。二〇〇四年のことである。その後、時代はどうなっただろう。仮にテクノロジーだけが進化する反面、時代は停滞しているものとするならば、ひとつの生き方として、ある種の「アパシー」に行き着くことは避けられないのかもしれない。

それを受け入れるかどうか、という判断を迫られる前に考えておきたいことがある。栗木京子が、受賞作の「信号がついさっき青じゃなかったら」「この町に生まれていたら」「もう少し右を歩けば」などの言い回しをめぐって提示した疑問、「現実が、もう一つの選ばれなかった事実の残りもの」のように把握されているという問題だ。

本コラムの第一回「リアリティの重心」で僕は、いまの若者たちが「複数の想像世界」を持ち、それを抱え込むようにして生きているのではないか、と書いた。

斉藤斎藤は今回のウィルス禍で「確率的なリスク、確率的な死」が人々に強く意識されるようになった実感を挙げ、平出作品に頻出する仮定表現を、むしろ意図的な手法として積極的に評価した。分岐する現実。その感覚を詠うことの意義が、このタイミングで作品として前景化し、認められたということだ。繰り返しになるけれど、おそらくその感覚はすでに若者のあいだに広く浸透していた可能性を、もう一度指摘しておきたい。

なぜなら「選ばれなかった現実」を思うことは、死のリスクを回避するための行動とはかぎらないからだ。
 
 
昼は見ただけだった歩道橋を夜は渡って夜景に名前を付けた

川の動画を見てる 動画が終わったら止まって、また流れていく川
 
 
連作の最後の二首。ここで作品の定型性は大きく崩れ、どちらの歌も破調になっている。

大江健三郎の長編小説『芽むしり仔撃ち』で主人公の少年は、疫病の蔓延した村から追われ、たった一人で暗闇の中を逃げ出していく。「僕は歯をかみしめて立ちあがり、より暗い樹枝のあいだ、より暗い草の茂みへむかって駆けこんだ。」
 
 
「村」と「町」。

恐ろしい「村人たち」と、顔も見えない「町の人々」。

そして死んでいった「仲間たち」と、遠くつながった「友達」。
 
 
夜の歩道橋から「町」を見下ろす作中主体を思い描いたとき、僕にはその孤独な姿が、なぜか大江の描いた「少年」と重なって見えたのだった。

『芽むしり仔撃ち』の「少年」には名前がない。「Victim」の作中主体も、きわめて匿名性の高い存在だ。名前のない作中主体が、目の前に広がる夜景に、名前をつけるということ。少なくともここに、「アパシー」を越えた意志のありかを求めることができるように思う。

作中主体が最後に詠うのは、動画の中の川である。動画が終わったあと、残像のように、心のなかを流れる川。心理学が教えるように、この「川」を無意識の表象だと解釈すれば、ここで見ているのは自分の内面そのものだ。

川の流れが数年や数十年では変わらないように、歴史の流れ、あるいは「歴史」を形成しようという大きな意志に抗うことは容易ではない。そしていま、ある種の口語短歌が、ひとつの流れの中に物語られようとしている。

問題は、そのような歴史観が広く現代短歌史のなかに、あるいは未来の短歌史に、残るべき何かを生み出せるかどうかだ。先行世代によって若者たちが「滅びゆく短歌の、一番下の世代」にさせられ、道連れにされるようなことだけは、あってはならない。