所属する会の歌会で、次のような歌が出された。
伊勢の山やさしく丸き山襞に霧立ち登り小雨降りくる
多賀洋子
実はこの一首、「けふのあをぞら」の前々回「半年前の旅」にも掲載した作品である。第二句と第三句の間に、今回は一字あけがないが、これは、まだ未定稿で、一字あけがあるのが決定稿である。その歌会では未定稿が出された。
さて、この一首に対し、一人の出席者から次の評が出た。
こういう題材は、繰り返し歌われてきたもので、現代の短歌として、どれほどの価値があるだろうか。
正直、大変驚いた。発言者は最近入会された方で、今まで違った所で勉強されて来られたのかもしれない。何か創作活動に関わって来られたということは聞いていた。久しぶりに直球の発言だった。
実は、当日の私は事務的ことや、見学参加の人の対応とかがあって、この批評について発言するタイミングを失してしまった。耳に入ってきたその後の合評は、二句と三句のつながりについて語られていた。この直言は置き去りになった感じであった。
会が果てた後の夕食は、コロナ以降、酷暑などもあって、必須ということではなくなり、その日もなかったと記憶している。それがあればこのことを語り合うことが出来たかもしれないが、それは果たせなかった。
いまここで、その直球の批評に何らかの応答を書いてみようと思う。論理的、実証的に考えようと思ったがどうもうまくゆかない。やはり、作品を見てゆく方がやりやすい。
三輪山の背後より不可思議の月立てり はじめに月と呼びしひとはや
山中智恵子
あまりに有名な歌を持ってくるのはちょっと気恥ずかしいが、三輪山、そして月である。三輪山は大神神社の御神体であり、三輪山伝説があり、万葉集から歌われてきた「山」である。そして「月」は、神話時代から日々の生活の上に存在していた。想像するに縄文時代、先土器時代にあっても、祖先たちは月を意識していたであろう。
では、これは古臭い歌であろうか。そうではないだろう。ここには言葉とものの初源的な関係について深い洞察がある。そして、大和国の一隅に立って、のぼってくる月をながめる経験を、読者に体験させる力がある。さらにはじめて「つき」と呼んだ人の場面まで連れて行ってくれるように感じられるのだ。
すさまじくひと木の桜ふぶくゆゑ身は冷えびえとなりて立ちをり
岡野弘彦
今春、世を去った岡野のこれも有名な歌だ。一気に散り始めた桜の花びら中で、それゆえに、身は冷たくなって立っている。岡野の作品を読んでいる人は、太平洋戦争で亡くなった人たちを思い、また生き残ってしまった自分に思いは返ってきていることは承知されるだろう。「桜」は本当に繰り返し繰り返し、古典和歌でも近代短歌や現代短歌においても歌われてきた。岡野は「桜」に、戦争に無惨な死、不条理な死を遂げた者を見ている。身は冷えびえとなって立ちすくんでいる。古典のなかの美しい桜、魂鎮めの桜、あるいは死の場面を作る桜に、20世紀の悲惨な戦争のイメージを重ねていると考えられる。
なお、戦争で命を落とすことを桜の落花にたとえるのはいつの頃からなのだろうか。昭和50年代後半だったかと思う。太平洋戦争で亡くなった友を繰り返し悼む歌を作る人がいた。「散華」という言葉を多用していた。戦死のことを散華などと言うのに私は大変違和感を持った。今も同じである。戦争で亡くなった人々を悼むことは大切なことだが、むやみに美化するのには抵抗がある。「聖戦」などという言葉もあるが、戦死者は、燃料も鉄もすぐに足りなくなることがわかっているのに無謀にも開戦を決定した指導者の誤った判断の犠牲者である。
そもそも、戦争とは、資源と市場を求めてするものであろう。近代戦争では国の指導者と資本家が、国民の命を犠牲にしてそれを実行することだと思う。
歌に戻るが、この一首には、戦争のことは直接言われていない。何で、これだけで、戦争のことだといえるのかという人がいるかもしれない。
以下は、言い訳にしか過ぎないかもしれないが、岡野弘彦の言葉を紹介したい。それは、この歌について語った者でなく、短歌一般の話である。
短詩型文学である短歌には、一首に盛りきれない内容や、背景がある。その場合、連作によって表現を試みなければならない。ただ、一首で掲示される場合はそれも叶わない。作品を補うものとして作者名がある。一首の作品があって、「斎藤茂吉」と名が付されていれば、人々はその前に立ち止まって、あれこれ考えるであろう。そうなるには、作者は、読む人から信頼を得られるように歌作りをしなければならない。…という、ふとしたきっかけで出てきた歌会での発言である。
いろいろ寄り道をしたが、和歌短歌が長く歌い続けてきた題材を新しい見方で、あるいは新しい意味を付与してゆけば、古めかしくならないと思う。
なお、今回のことで「山」についての歌を思ってみた。
入りあひのこゑする山の影暮れて花の木の間に月いでにけり
永福門院
みんなみの峯岡山の焼くる火のこよひも赤く見えにけるかも
古泉千樫
これの世は、さびしきかもよ。奥山も、ひとり人住む家は さねなし
釋 迢空
コンテナの牛フェリーへと吊られつつ霧濃き故郷の山を見ており
屋良健一郎
もっともっと、たくさんの歌があると思う。たとえば登山をする歌人の短歌は目に入れば読みこんでしまう。
永福門院の歌は入相の鐘の響くころの風景を詠んでいる。「山の影暮れて」をどう読むか。
古泉千樫の歌も有名であり、これ一発で千樫ファンになった者もいる。歌は耳できくものと思った私も、その一人である。
釋迢空は、山の中を行く旅の一首。山住みの寂しさを、都会人迢空が鋭敏に感じ取っている。
屋良健一郎の歌は、昨年出た『KOZA』にある一首。沖縄の海と山が見えてくる大きな光景である。
山は、この列島に住んでいれば、遠くに、近くに常にあるものである。或いはその中に踏み込むこともある。そしてわれわれの心を受け止めてくれる存在である。
「神田のまち情報」
内神田2丁目、出世不動近くのビルの1階にかき氷専門のカフェが出店した。ガラス張りのお店の中の華やかな様子が路上から見通せる。入り口には、ユニフォーム姿のドア・ガールが立っている。地味な通りがちょっと華やいでいる。
