永井 祐


電話中につめを切ってる 届くかな 届け わたしのつめを切る音

初谷むい『花は泡、そこにいたって会いたいよ』

 

好きな歌。

たぶんまったりした感じの長電話なのかなと思う。
手元が空いていて、なんとなく爪を切り出す。
パチンという音がするので、これ聞こえるのかなと考える。
言わないけど、心の中で届けと思う。

特に言わなくてもいい気もしますが、こんな感じで浮かびました。
まったりした空気とそれを大事に思う感覚、小さく心にある「届け」、
そういうのがすーっと伝わってくる。

わたしは電話中に爪を切ったことない。体が固すぎてできない。
ドラマとかで見たことあるような気もするけれど、これは「ある」ことなのかちょっと気になったので「電話中 爪切り」で余計な検索をすると、
とある人生相談サイトで「彼氏とSkypeしているときに爪を切っていたら『音がうるさい』『気分を害した』と言われ通話を切られました。」と書いてあるのがありました。
余計な検索でしたが、場合や関係性によっては失礼でもある。
この歌の場合は大丈夫な空気なんだろうなと思う。「爪切ってるの」「聞こえる」「ほんと?」ぐらいでいきそう。
でもプライベートな音であることはたしかで、それを共有することには、親密な意味は出てくる。
それが一定時間をおいて聞こえるパチッていう音なのもいい気がします。

この歌はあと音感が面白く、字空けが三回してあって、
特に下句の音構成に独特のものがある。

 

電話中につめを切ってる 届くかな 届けわたしのつめを切る音

 

これは「届け」の後の字空けをなくした形ですが、これじゃだめなんだと思うんですよね。
「届けわたしの」と続けてしまうと、こう、空気感が出て来ない。
わたしは不思議と、「届け」と「わたしの」の間の字空けによって、次の爪切りの音までの間とか、春の空気とか光みたいなものまで感じる気がします。
連作タイトルが「春の愛してるスペシャル」というものなので、それに影響されてるとは思うのですが、
短歌の場合は、リズムによって浮かぶビジュアルまで変わってくる。
前回、前々回の茂吉の話もいわばこういう話であった。わずかな語の構成、音の構成のずれによって、「逆白波」と「ふぶく」が融合してこない。
今日の歌の三つの字空け、特に三番目が一番重要に思え、これによって歌が生きている感じがします。