ゆらゆらと過ぎゆく一羽また一羽とほき中洲に白く集まる

玉城徹『左岸だより』

鳥はどこからどこへ「ゆらゆらと」「過ぎゆく」のだろう。中洲かもしれない。ここでは自分の頭上を鳥が過ぎてゆく、と読んでみる。鳥が自分の頭上近くを通り過ぎる、その時は鳥ははっきりと鳥の形をしている。それが遠く離れていくにつれて鳥であったものはただの白い点に変わっていく。中洲の上に集まっているのは白い点なのだ。

「ゆらゆらと過ぎゆく一羽また一羽」上の句のリズムは軽快だ。三句やや古風な「また一羽」この端的な軽い言い方が良い。読後の印象は「とおき中洲」の景色が強く感じられるものの、上の句は鳥の軽さ、羽ばたきの細かさが韻律に表れていて気持ち良い。

間の取り方を書いてみる。(短い間「¦」 長い間「|」 間を開けずに読む時は「-」とする)

ゆらゆらと|過ぎゆく一羽¦また一羽|とほき中洲に白く集まる

ほぼ定型の間の取り方なのだが「過ぎゆく一羽¦また一羽」ここの間はかなり短い。「一羽」のリフレインがあるのであまり間をあけずに読みたい。もう一つ違うところは、「とほき中洲に白く集まる」ここは間をあけずにゆるゆると読むのが歌に合っていると思う。文章のまとまりが「中洲に「集まる」と句を越えて一つになるので「に」の後はすぐに読みたい。濁音がなくさらさらとした下の句はひとまとまりで読むのが良いだろう。間の取り方をまとめると、初句の間はゆったりと、そのあとの鳥の動きを捉える二句三句は早く読み、下の句は落ち着いてまとめて読む。動きのある上の句から静かな下の句の滑らかなシフトチェンジ。これがこの歌固有のリズムだと思う。

細かい描写ないのに「とほき中洲」の様子がなんとなくわかる。川面の中央にうすくもりあがった砂地があって、草はまばらにしか生えていない。大雨がふって川の水が増水したら水中に沈没してしまうほど浅く、いつかは消えてしまう中洲。いま一時的にそこにある中洲の空間の上にぼんやりと鳥が集まってゆく。日常のなかにある自分とはことなる時間の流れのきれはしを見つけて、言葉によって関係を作っていく。構成は絵画的だと思う。構成要素の少ないすっきりとした光景、灰色の砂地の上に白い点がポツポツと並ぶ。この歌の「とほき」とは、ただ物理的な距離の遠さだけでなく、自分と関係なくそこに存在するものを美しく感じる作者の感性がよく表れていると思う。

やはり、景色を軽くつかむような「白く集まる」がとても良い。四句までは鳥は鳥の姿をとして捉えられているが、結句に至って鳥は輪郭を失っている。作者はもちろん中洲の上の白い点が鳥であることを知っているが、そこにある景色を今初めて見たかのような新鮮な感覚が結句にある。羽ばたく鳥たちがみな白い点に変わっていく、一首の中で認識がダイナミックに変化する。秀歌である。

 

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