2025年の空気を

11月8日(土)
なにか忘れているような気がしたが、思い出せたのは子どもの頃の友だちの誕生日ということだけだった。今は付き合いが途絶えている。
子どもの頃はよく暗記をした。電話番号も、住所も、誕生日も、なんでもよく覚えていたものだ。今はパソコンやスマートフォンによって正確にたくさんの情報を保存しておけるが、記憶しておくことはできなくなった。キャッシュレスが進んでたとえば「1027円だから1052円出して25円のお釣りをもらう」というような小さな計算もしなくなった。些細なことだが毎日のことであるから、今はいいが老後にどう影響がでるのか、やや不安である。

短歌についても、少し前までは一首、あるいは上の句下の句をまるごと覚えたり、少なくともどの歌集のどのあたりに入っていたかなどは覚えていた気がするが、だんだん覚えていられなくなった。覚えていなくてもフレーズで検索をすれば有名な歌はたいてい出てくる。
果たしてこれは、記憶力の問題なのか、発表される短歌の数が膨大だからだろうか、あるいは調べ・韻律の問題だろうか。

時代とともに短歌は変わる。
紙に筆で、あるいは鉛筆やインクで書いていた時と、画面に横書きで打ち込む時では同じ人間が作った歌でも何かが変わるだろう。まして世の中の変化をや。



午後から井の頭公園で吟行。
「心の花」の「若手勉強会」の会にお誘い頂いてのゲスト参加である。
「若手勉強会」のメンバーは同世代なのでしっかり中堅世代であるが、30年以上前に始まって名を変えていないのだという。ポン・ヌフのようなものか。名に歴史あり。
昨年に続いての参加だったが、小雨の中で行われた昨年に対して今年は見事な晴天。紅葉もすじ雲も美しく、快適だった。
井の頭公園は広く、池もあれば植物園もあるのだが、どうしても足は動物園に向く。歩きながら、誰も口には出さなかったが、昨年は奥田亡羊さんと一緒に回ったな、と思い出していた。おそらくそこにいた誰もが。
歌会のとき、もう間もなく奥田さんの遺歌集の入った全歌集が出るのだと聞いた。楽しみにしている。


11月15日(土)
先週の吟行のとき23日の文学フリマの話が出て、私は午後の空き始める時間帯を狙って行くつもりだったのだが、後藤由紀恵さんからその日は来年の結社の全国大会の下見で松本にいる日だと教えられてがっかりしたのだった。今月は歌集批評会もいくつかあったのだが、いずれも都合が合わず出られない。

しょんぼりした様子を見たからか、後藤さんが「これに行ってみないか」と連絡をくれて、今日は急遽「吉祥寺ZINE FEST」に行くことにした。

12時~17時に吉祥寺パルコの屋上で開催される小規模な即売会で、だいたい30~50ブースくらいが思い思いの同人誌(ZINE)を売っていた。マグネットや絵葉書、あるいは時期的に来年のカレンダーなども色々あって、見て回るだけでなかなか楽しい。
密かに短歌のブースが出ていないか期待していたが、詩のサークルがひとつあっただけで短歌は見つけられなかった。
あってもいいのではないかと思った。写真やイラストの同人誌(ZINE)が多かったがなんでもありの場である。場違いなんてことは多分ないだろう。

入り口でもらったチラシによると、ZINE FESTは来年8月までに全国で29回の開催が決まっているらしい。5月以降がかなり少ないので、これからまだ増えるのではないかと思う。

こうした小規模の場が、出ようと思えばあるというのはとても嬉しいことだと思った。

11月22日(土)
5時半に起床し、新宿発7時半ちょうどの「あずさ」で松本市へ。
塩尻で名古屋から「しなの」に乗りやってくる3人と待ち合わせる。

来年まひる野は創刊80周年、全国大会は70回目となる。そのため、窪田空穂の故郷である松本で全国大会を開催することにしたのだった。

「短歌ブーム」と言われて久しいが、「ブーム」とは日頃関心を持たない層が関心を持つことであるから、短歌結社に入会する人たちが増えるわけではない。むしろ、結社に入会しなくても作って読みあう場が増えたことでどこも入会者は減っているというのが30年来の結社所属の歌人としての感覚である。
会員が減れば全国大会の参加者も減る。反して会場代は、この頃の物価高に加えて(ある程度大き目のホテル開催であるから)インバウンドで高騰している。
近年はシンポジウムや歌会のイベントだけを用意して宿泊は各自で自由に、という結社も多いのだという。やや味気ないが、時代の流れなので致し方ない。
今回は2日開催の翌日にバスを借りて文学ツアーをする予定である。こうしたことも、もしかしたらこれが最後になるかもしれない。

松本は、紅葉の盛りを少し過ぎた頃だった。大会委員長の大谷宥秀さんは牛伏寺という古刹の若きご住職。ご住職を運転手兼ガイドに観光をするという贅沢さよ。案内されながら、僧侶というのは宗教家・思想家だと思いがちだが、むしろ仏像をはじめとして建造物や装飾品、書画、歴史、庭、様々な知識を必要とする学芸員でもあるのだと思った。

まひる野は仏教とは全く関係のない普通の短歌結社であるが、たまたま編集人の大下一真も僧侶である。
小学生の頃、百人一首の札を使って「坊主めくり」という遊びをしたが、そのくらい短歌と僧侶は関わりの深いものである。それほど驚くことではないのかもしれない。

福島泰樹さんが法華宗、
大下一真が臨済宗、
今年第6歌集『光圏』で第30回若山牧水賞と第12回佐藤佐太郎短歌賞を受賞した山中律雄さんは曹洞宗、
黒瀬珂瀾さんが浄土真宗、
楠誓英さんも浄土真宗、
村松清風さんが臨済宗、
そして大谷宥秀さんが真言宗。
少し思い出しただけで数名の歌人が思い浮かぶ。他にもおられることだろう。僧侶の歌の系譜というものを辿ってみても興味深いかもしれないと思う。


11月23日(日)
窪田空穂記念館へ。
この記念館は、空穂系歌人にはよく知られているが一般にはあまり知られていないらしい。
空穂系結社から講師を迎えて短歌講座を開いたり、囲碁教室や百人一首教室を開催したりしているが、イベントのないときは訪れる人もまばらのようで、今日も客はわれわれだけだった。
教育・芸術を大切にする松本市だから残っているが、他の町ならばとっくに閉館しているところかもしれない。

生家跡であるから仕方がないのだが、場所がやや不便だ。松本駅からバスで20分ほどの「和田郵便局」で下車し、そこから数分歩く。ちなみにタクシーだと片道4000円ほど。駐車場もある。

バスを降りると高い建物もなく田畑と住宅。ぐるりと連なる日本アルプスの山並みが実に美しい。見事にぐるりと山脈に囲まれている。盆地とはよく言ったものだ。ほんとうに大きなお盆に乗せられているようだった。
ここに空穂少年は育ち、日々山脈の向こうの世界を想像していたのだろう。

住宅地の中に生家が保存されていて、道を挟んで記念館がある。空穂らしい清々しい空気に満ちていた。
窪田空穂記念館は松本市立博物館の分館の扱いになっている。今年4月から入館料が無料になったそうだ。少しでも取った方が良いように思うが、逆に人件費などの採算がとれないのだろう。

6月に函館で見た啄木の資料は「函館市文学館」の二階にあった。歌人の資料館・記念館は単体で維持するのはもはや経営的に不可能で、しかしどうにかして残そうと四苦八苦してくれているのだと思った。
私も今まで気にしたことがなかったが、ぜひ多くの人に訪れてほしい。歌人に対しての資料がまとまっているという他に、その歌人のゆかりの土地の空気を感じることができる場所は貴重だ。

有名どころでは
釧路市の「石川啄木資料館」、
三沢市の「寺山修司記念館」
盛岡市の「啄木・賢治青春館」「石川啄木記念館」
宮城県大和町「原阿佐緒記念館」
上山市「齋藤茂吉記念館」
東京都台東区「子規庵」
さいたま市「大宮図書館(大西民子)」
常総市「長塚節展示室」
みなかみ市「与謝野晶子紀行文学館」
高崎市「土屋文明記念文学館」
秦野市「前田夕暮記念室」
魚沼市「宮柊二記念館」
新潟市「會津八一記念館」
小浜市「山川登美子記念館」
長野県下諏訪町「赤彦記念館」
沼津市「若山牧水記念館」
鈴鹿市「佐佐木信綱記念館」
堺市「与謝野晶子記念館」
松山市「子規記念博物館」「子規堂」
香美市「吉井勇記念館」
柳川市「北原白秋生家・記念館」
日向市「若山牧水記念館」 
などがあるようである。

空穂記念館の館内の展示は多少の知識があればより興味深いだろう。ガイドがいるとより良いと思う。しかし、ある程度短歌の歴史を知っていれば十分面白い。寄贈されたと思われる歌集・歌書も手に取って読める。いい空間であった。

生家には松本周辺独特の「雀踊り」という屋根飾りがあり、庭には大きな槙の木があり、小さな川が引かれていた。それほど広くはない庭を、私たちはしばらく眺めていた。

空穂は5人の子を持ったが、3番目は1歳で亡くなり、4番目は死産、5番目の茂二郎は学徒出陣でシベリアに抑留されたのち亡くなっている。
2番目に生まれた「ふみ」が長じて産んだ娘は「槇子」名づけられた。歌人の三浦槇子である。

松本の中心街に開運堂という和菓子屋があり、そこに空穂の歌をもとにした「さざれ水」という菓子が売られている。松本の菓子は概ね甘いらしいのだが、「さざれ水」は小さめなのでお茶うけにちょうどいい。

  覚めて見る一つの夢やさざれ水庭に流るる軒低き家  窪田空穂

「さざれ水」は賞味期限が3日と短いので5個入りをひと箱だけ買って帰った。


11月25日(火)
NHK全国短歌大会の予選会のため国立へ。
松本がかなり落葉していたので期待していなかったが、街路樹の銀杏黄葉がちょうど真っ盛りで美しかった。
応募総数は昨年より25パーセントほども増えたらしい。入賞へは狭き門となるが、それだけ喜びも大きいだろう。来年3月に授賞式がある。

この予選会が終わると年末、という気がする。
1年間楽しく書いてきたこの稿も今回が最終回である。
短歌や評論は残ってもそれをめぐる雰囲気はなかなか伝わらない。10年後、20年後にこのコラムによって2025年の空気が少しでも伝われば幸いである。
1年間ありがとうございました。
またどこかでお会いしましょう。(む)