31音のおとぎ話

今月の9冊

 

『日月集』志垣澄幸 青磁社

『振りむく人』日高堯子 砂子屋書房

『子育てをうたう』松村由利子 福音館

『水庭』三島麻亜子 六花書林

『半地下』嵯峨直樹 角川学芸出版

『無糖の白』佐々木寛子 ながらみ書房

『塔事典』塔短歌会編

『造りの強い傘』奥村晃作 青磁社

『きなげつの魚』渡辺松男 角川学芸出版

 

 

10月某日

『日月集』志垣澄幸

 

第12歌集。

歌集を読むのが好きなので、読んでいるときはだいたい機嫌がいいのだが、本歌集はずっと上機嫌でいられた。とっても心地よい歌集である。

 

警官も夏服となり風のなか吹かれて立てり不似合ひの白

太陽系のとある居酒屋にひとり飲む男ありけりこのごろは見ず

百歳まで生きるのではとある日ふと思へり思ひて心塞げり

殺めむとせし蚊はいづこに消えたるやわれに寄りくるふたたびを待つ

惣菜屋に行くときもさうその昔教師だつたとふことが束縛す

 

1首目と2首目は結句で急展開をして歌が終る。すっと体(たい)をかわすように変化する結句。

結句での急展開は成功と失敗が紙一重で本当に難しい。説明・繰り返し・オチ・サゲになってしまうことが多々あるから。

うまく行けば、「そうきたか」と最後の意外な展開に驚く。

短い詩型であるから起承転結は無視してもいいのだが、それでも転結のある歌は読んでいて楽しい。

作者はときどき起承転結の転と結を結句で同時にやってみせる。

3首目4首目は急展開とまでは言えないが結句に意外性がある。

100歳まで生きることを望む歌はよくあるが、そんな長寿を本当に望んでいるのだろうかと疑わしくなる。

長寿イコールめでたい、長寿イコール100歳の既成概念に捉われすぎているのではないだろうか?

「心塞げり」は本音以外のなにものでもない。結句の意外性があると言ったが、実は全然意外性などなくて、これこそが順当な結句ではないのだろうか。

既成概念に捉われているから(わたしも含めて)「心塞げり」は意外と思ってしまうのだ。

しかし人間は悲しいことに既成概念を捨てさることはできない。それを歌ったのが5首目。

定年後も、惣菜を買う時にさえも、教師はこうあるべきの既成概念に捉われてしまう。

人間の本質を抉るというと大袈裟かもしれないが、嘘偽りのない本当であることは確かであろう。

 

輪をつなぎカーブしてくる台風の予想進路が九州に触る

震災の歌が作れぬ負目もて日常の歌ばかり詠みきつ

金塊の重さほどではあらねどもとらやの羊羹二本買ひたり

診察室に座せる老人父に似てさはいへどわれと同じ世代か

春のひかりみなぎる原にのぼりきて野球の投球フォームをまねす

 

1首目の「輪をつなぎカーブしてくる」の表現が絶品だ。天気予報の進路予想図に描かれた円が一読して目の前に浮かんでくる。ついつい安易に確かな表現力と言ってしまうが、これこそ本当の確かな表現力である。

2首目、震災の歌を作ることに負目を感じる歌人もいる一方で、作れないことを負目と感じる歌人もいるが、「作れぬ負目」と声に出す事は勇気がいるような気がする。

「作れぬ負目」など「作る負目」に比べればどうってことないだろうと言われそうな気がする。

それなのに「作れぬ負目」と歌い得た作者は本当のことを歌える人なのである。

3首目は高級なとらやの羊羹、自宅用ではなく進物用なのだろう。大切な相手への贈り物だけに込めた思いは金塊に負けないくらい重い。羊羹と金塊,形も大きさも似ているので両者の比較に説得力がある。

父と同じ年代の人を見かけると一瞬父と間違えることはよくあるのだが、4首目は間違えた老人が自分と同年代だった笑えない可笑しな出来事。自分もいつの間にか老人の仲間入りしていた。とはいえ、投球ポーズをしたりなどして、まだまだ若さを忘れていない作者。

 

昼寝より覚めてみまはす部屋内に妻も昼寝のまつただ中なる

おそらくは模造の真珠抽き出しの奥より妻のネックレス出づ

まだ妻にあらざる若き日の君が蝶柄の浴衣着てゐる写真

 

妻を詠んだ歌があたたかくて好きだ。

技巧というにはあまりにもさり気ない表現。肩の力を抜いているが、それでも気合いの籠った歌。

短歌の素晴らしさを十分に味わうことのできる歌集だから、最後に大好きな3首を。

 

数へきれぬほどの不義理を重ねたるこの世朝より雨降りしぶく

さつきまでの生とはちがふ思ひして風の音聴く昼寝より覚めて

福神漬け添へしカレーが食ひたしと鉄橋渡る電車に思ふ

 

 

10月某日

『振りむく人』日高堯子

 

第8歌集。

両親の老いの終盤と、自分と夫の老いの序盤とを歌った作品が歌集の主軸をなす。

いかに軽く歌おうとも、テーマが悲哀に満ちているだけに、重く暗い一冊である。

途中で読むのが辛くなる。だけども最後まで読ませてしまうのは作者の技量であり馬力であり牽引力である。

 

残りすくなき母のいのちをもどすやう干しぜんまいをゆつくりと炊く

いつしんにいちじくを食べ、食べつくしやがてひつそりと悲哀す母は

音のなき母のなきごゑながれゆくポータブルトイレのバケツすすげば

昭和堂の世にもやはらかなショートケーキ父はよろこび母はあましぬ

糟糠の妻の下着を洗濯する老いふかき父に水どんぶらこ

きしきしといのちの透ける音がするある日の父は水仙より弱し

これの世を離るるきはのくるしみを娘に見せて父逝きたまふ

 

本歌集を貫く一番太い柱は両親との日々である。

介護の歌なのではあるが、父と母の命を見つめている歌と言いたい。

老いた父と母とは次第にコミュニケーションが取りにくくなってゆくが、最後まで関わり続けるのが食事と排泄である。

1首目、母とぜんまいの対比に切実な現実を感じる一方で、このような対比をしてしまう歌人の性(さが)に慄かずにはいられない。やさしさとおそろしさが紙一重にある悲しい歌だ。

2首目、下句の読み方に迷っている。悲哀していることが母の常の状態であり、一心にモノを食べる時だけが悲哀から脱け出せてるという読み。夢中で食べた結果、下痢をして衣類を汚したので母が悲哀しているとする読み。いま思いつくのは、この二つだが、他の読み方もあると思う。

3首目、母の「なきごゑ」とともに作者自身の泣き声も流しているのだろう。

4首目、昭和という時代を懐かしむことの出来る父と、記憶を失った母の姿が描かれている。

父を詠んだ歌と母を詠んだ歌を並べてみると、父に向ける視線は母に向ける視線ほど冷静でないような気がする。

母を詠むときには十分に母を突き放すことができてるが、父を突き放すのには躊躇を感じる。

一般的に、娘と母、娘と父の関係や感情に違いがあることは知っているので、それが影響しているのだろう。だが、一般的でない、なにか特別な母に対する感情と父に対する感情の違いが作者の中にあることも、なんとなく理解できる。

 

茶葉にも微量のセシウムがまじるといふこの緑色ならわたしは飲める

*緑色に「りよくしよく」のルビ

蕗を煮て山芋をすり胡麻をいり生きてゐる日はもの食べるなり

ゆつくりと夏の夜沼に風たちてわれに寄りくる水鳥、山鳥

球をなす大白菊に顔をよせ死者のわらひをわれはするなり

泣けばただ花だつたことをおもひだす生家の庭の白酔芙蓉

 

「われ」を歌った作品を5首。

1首目、情報に左右されない率直な感想を歌っているのだが、根底には「どうせ死ぬんだから」という開き直りがあるのだろう。

両親の老いに直面している作者だからこその開き直りかと思う。

2首目は丁寧に料理を作りながらも、死を前提に生きている。やはり開き直りがある。

死を見つめているから生まれてくるのであろうか、3首目以下には息苦しくなるまで寂寥感が漂う。

いつまでも続きそうに思われる生と、いつ訪れてもおかしくない死と、両方を常に見つめて生きることが介護である。

死の影が作品全体を覆っているのは当たり前だ。

 

あんかうは皮と骨とを食べるもの夫はクリクリ骨を噛みたり

空しさに胸を濡らして過ぐる日の朝鳥ほつほ夕鳥ほつほ

青森からおくられきたるさくらんぼぴんぴんとわれのことばを弾く

 

作者の使うオノマトペは独特である。数えてはいないが、使用回数もずいぶんと多そうだ。

音も弾むし、心も弾むオノマトペを選んでみた。

「クリクリ」「ほっほ」「ぴんぴんと」。命も弾むリズム感が嬉しい。

 

 

10月某日

『子育てをうたう』松村由利子

 

松村由利子の仕事がわたしは好きだ。

本書は、福音館書店の月刊誌「こどものとも年少版」の折り込み付録「絵本のたのしみ」の連載を1冊にまとめたもの。タイトルのとおり、子育てを歌った短歌を手掛かりにして、著者自身の体験を織り込みながら綴った子育てエッセイ。

ゆるみのない真摯な文章である。子育ての時間を授かった喜びと感謝が全編に溢れていて、あたたかくて心安らぐ。

 

バイオリンの音のするどさに羊水をゆらすおまえはどんな子だろう 天道なお

無条件にわれを慕わん生き物の生まれることの怖し夕焼け     富田睦子

分娩の話をすれば箸宙に浮かせて夫は少し怯える         前田康子

其のひとのうまれ故郷をぼくたちは風の離島と許可無く決めたり  光森裕樹

 

はじまりの文章は「授かる」。紹介されている歌から4首を選んでみた。

天道なおの歌について松村は次のように書いている。

 

「この作者が聴き入っているのは何の曲だろう。妊娠中だからといって子守唄や童謡ばかり聴く必要はない。親が好きな音楽であれば、きっと赤ちゃんもおなかの中で心地よくなるにちがいない。

楽曲の高まったときの胎動に、作者はいとおしさを覚えた。「そう? おまえもこの曲が好きなの? お母さんはこういうのが好きなんだよ」。赤ちゃんを胸に抱き、一緒にその曲を聴く日も近い。」

 

わたし自身は子育て経験がないので・・・つまり子どもがいないので・・・子育ての歌を読むときには自分が育てられたときのことを思い出すしかない。

天道の歌を読んで思い描くのは、わたしの母であり、母がいるのはわたしが育った社宅の四畳半であり、整理ダンスの上に置かれたラジオから流れてくるのは音楽ではなく落語・講談・浪曲のたぐいである。

わたしは文楽や志ん生の落語で羊水を揺らしていたようだ。

子育ての経験がないので、子育てに関することは全て美しく捉える傾向にある。

だから前田康子の歌の「夫は少し怯える」が感覚的にはわかるのだが、なぜ怯えるのかが今一つ理解できなかった。

この歌について松村は次のように書いていて、なるほど、そういうことなのかと納得することができた。

 

「子どもを迎えるのは、夫婦どちらにとっても覚悟を要することだが、当然ながら体が刻々と変わってゆく女性の方が、先に心構えができてしまう。まだ親になるという実感のない男性が「怯(おび)え」を見せたのは、妻から陣痛の間隔や破水のことなどを聞かされたからだろうか。男性は女性に比べ、意外に痛みに弱いらしい。

初めての赤ちゃんを迎える若いカップルの姿がリアルに描かれていて、くすりと笑ってしまう。」

 

「寝かせる」「食べさせる」「抱く」「預ける」「叱る」「きょうだい」「祖父母」「おもちゃ」「空想」「お菓子」「うそ」「けんか」など子育てに関する様々な局面が短歌を読み説きながら綴られていて、感心しつつ楽しく読んだ。

そんななかで一番気になったのが「一人でいること」という話。

 

「幼児の発達段階として、一人遊びを十分に堪能した後、友達と一緒に遊ぶことができるようになる、とされている。初めは複数の子どもたちがそれぞれに一人遊びをしているような形だが、少しずつ互いにコミュニケーションを取り、ゆずりあったりアイディアを出しあったりして、遊びを発展させられるようになるのだ。」

 

少し飛ばして、ところが

 

「現代の子どもたちは日々、テレビやビデオ、ゲームの音声と画像など、処理しきれないほど膨大な情報にさらされている。つまり、状況的には「一人」であっても、静かに自分と向き合う時間を持てずにいることが多い。」

 

と松村は書いている。

一人の時間を堪能していない現代の子どもが、どのような状況にいるかはわたしが説明するまでもないだろう。

さて、「一人でいること」で紹介されているのは、この3首。

 

一人なる時間を吾子も持つようになりたり絵本かかえ駆けゆく     鶴田伊津

しらかみに大き楕円を描きし子は楕円に入りてひとり遊びす      河野裕子

白い紙こまやかにこまやかに刻みゐるこどもはうしろに立つ者をしらず 葛原妙子

 

鶴田は別として、今の若い世代の歌が紹介されていないのは単なる偶然なのだろうか。

最後に、また引用で申し訳ないのだが、河野の歌について本書を読むまで、わたしも以前の松村のように読んでいたので、書いておきたい。

 

「私は以前、この歌について、内省的なところのある母親が、子どもに自分と似た性質を認めて、少し嘆息するような気持ちで「もっと伸びやかに遊べばいいのに」と思った歌だと解釈していた。けれどもボールディングの本を読み、「大き楕円」こそ、この子にとって大事な領域であり、そこに入って安心して遊ぶ気持ちを親は尊重しなければならないのではないか、と考えるようになった。自らの描いた「楕円」の中で遊ぶ充足を心ゆくまで味わって初めて、子どもはそこから出てゆけるのだ。」

 

*文中にある「ボールディングの本」とは『子どもが孤独(ひとり)でいる時間(とき)』

(エリーズ・ボールディング著/松岡享子訳/こぐま社)のことです。

 

 

10月某日

『水庭』三島麻亜子

 

第1歌集。栞があって、佐藤弓生、奥田亡羊、斎藤典子が書いている。

 

取り急ぎと書かれしままに夏過ぎて秋過ぎてなほ置かれたる文

キッチンに粥を炊きつつ書く便り集めし切手をときをり使ふ

視界より雪をはづせば今しがた書き出す文のことばうしなふ

 

最初に手紙の歌を3首。

1首目、書きそびれている手紙が気になって気になって半年。ちっとも「取り急ぎ」でなくなっている。

手紙はあくまでも一例であって、人間って、こんなことを繰り返しつつ生きているんだなと、わが身に沁みて感心した歌である。

この歌を読んだとき、作者は永井陽子の影響を受けているのだろうと思った。わたしの思いが正しいかどうかはさて置き、作者の技量の高さがこの一首だけで十分に示されていると思う。「過ぎて」のリフレインで拡張した文章を「なほ」で納めて纏めた技巧に着目したい。

2首目は一読変な感じがするのである。集めた切手を「ときをり」使うと結句で言ってしまうと、便りを書くときは常に粥を炊いていることにならないだろうか?

それとも3句で切れているので、この時はたまたま粥を炊いているときに手紙を書いたのであって、切手を使うこととは意味的につながらないと読むのだろうか?

たぶん後者の読みが正しいのだろうが、毎日のように粥を炊く人で、そのときは手紙を書くことにしているという前者の読みをわたしは選びたい。

3首目、「今しがた書き出した文」のではなく「今しがた書き出す文」。考え始めると「今しがた」の使い方が何か変なのだが、でもこれで良いのだと説得されてしまう魅力がある。

こうした表現の危うさが内容の危うさに噛み合って妖しい世界を作り出してゆく。

 

サイレントモードに呼ばれ立つときの雨のつづきのやうな水庭

差し出されし傘に左の肩を入れ駅ビルまでのわれの饒舌

雨傘はブルーと決めて雨の日を逆らひもせずブルーに過ごす

雪あかり差し込む部屋に身を置きてゆふべの傘を小さくたたむ

冬霞、晴れてまた雪かりそめにわがこころねを乱したるひと

 

雨と雪を多く詠む作者である。結果、傘がよく登場する。

雨と雪は、思う人を連れてくるようである。思う人が実際の恋の相手なのかどうかはわからない。しかし、思う人の存在が、恋の気分が、しばしば詠まれていることで、歌集全体に甘やかな気分が散りばめられていて、微笑ましい。

 

をみなごはうすき鎖骨をきしませて意外にうまく鮎をほぐせり

青簾ゆらす風にも遅速あり心みだれをととのへる夜

めづらしく晴れし冬の日、遮断機を潜りてわれの影は伸びたり

湿りたるシャツを鞄のなかに詰め晩夏ちひさき旅より戻る

 

具体的な私生活は歌われていない。「われ」を意識的に消している。

でもしっかり「われ」の気分が残っている。

読者は事物ではなく、気分を通して作者と向き合うことになる。

とは言っても、まったく具体がないわけではなく、むしろ具体の出し方が上手い作者である。ただ、その具体と私生活を密着させていないところが特徴的なのだ。

鮎をうまくほぐす少女、揺れる青簾、遮断機の中の世界、旅先で湿ったシャツ、これらは作者の私生活を示すものではなく、作者の気分を表現する具体として十分に機能しているのである。

一首一首の完成度の高い(むしろ高すぎる)歌集である。

 

 

10月某日

『半地下』嵯峨直樹

 

君は君のイエの匂いの沁みついたレンギスの脚すっと伸ばして

誰彼の余熱ばかりの小部屋たちそのひと部屋に冬陽はとどく

うす闇に音姫が鳴る整った嘘を重ねる女のために

 

相聞歌、なかでも性愛の場面の多い歌集である。

1首目の「君のイエの匂い」から家庭を持つ人、つまり不倫をイメージせずにはいられない。会っているときだけでも君にイエがあることを忘れようとしても、つい嗅いでしまう君のイエの匂い。君にイエがあるとわかってはいても、肉体は留まれず繰り返すどうしょうもない現実が「脚すっと伸ばして」に出ている。

2首目の小部屋はホテルであろう。夜ごと、その部屋で性愛を営む男女の余熱の残る部屋で一夜を過ごした。カーテンを開けると、朝が来ている。部屋にいる限り日差しは暖かいが、一歩踏み出ると冷気に身を震わすことだろう。

3首目、本当のことを知らずにいられる心地よさ。嘘をつきとおすしかない男女の関係の危うさでもある。音姫は排尿の音を隠すために清流などの音が流れる装置。

 

駐車場に夕暮れ泣きの幼子を叱りて母は容赦なきなり

匂いたつ脂肪で脚を鎧いつつ女ら待てりバス来るまでを

リッチテイスト、安いスウェット、スーパーのママチャリのカゴなべて錆びつく

母の手が幼児の背中に伸びてゆくところまで見て角をまがった

 

町にいる女性たち(多くは主婦である)を描いた歌に見られる冷淡なまでの作者の視線が印象的である。

まさしく「容赦なき」までの突き放し方である。

4首目のように最後まで見届けるのを拒む姿勢も作者の特徴といえば特徴かも知れない。

刹那的と言ってしまえば容易いのだが、突き放すことと見届けないことで、作者は自分と作歌を保っているような感じを受ける。

 

串だんご冷蔵庫より出してきてひとつを食めばまだ二つあり

雨の降る見込みのはずが引き摺って帰ってきたり大き蝙蝠

スーパーの薄い袋を柑橘で充たして運ぶ春の自転車

体温に近き風吹くこの夕べ桃二個分の重みをはこぶ

錠剤を指で押しだす 銀色のプラスチックに音ひびかせて

エントランスなれば花など飾られて一度は肯うために人待つ

 

1首目、そもそも串だんごは冷蔵庫に入れない食べ物である。固くて冷たい串だんごなんて考えただけで食べたくない。でも、ひとつは取りあえず食べた。

ちっとも生産的でなく、前向きでない今の暮らしを象徴するかのような一場面として読んだ。無為、不全、倦怠・・・そんな味のする串だんごだ。

2首目以下にも無為、不全、倦怠の匂いがする。

無頼派はもう流行らないし、作者の人となりをよく知らないけれども、作品には無頼派の雰囲気がある。無頼派といっても今風なので、無頼派という言葉が的確だとは思わないけど。

鋭敏な感性と、けだるさが似合う文体と、魅力ある1冊である。

 

 

10月某日

『無糖の白』佐々木寛子

 

第1歌集。作者は秋田県横手市に住む。郷土色の強い作品が魅力的である。

 

白鳥が夜空を渡る声を聞く十月六日ああまた冬が来る

マトリョーシカに見送られたる白鳥をおばこの赤い頬が迎える

白鳥もわたしも白い息を吐く雪の川原きらきらとして

 

白鳥の飛来地ならではの歌を3首。

10月6日は東京ならば「やっと秋らしくなった」という時期であるが、秋田では「ああまた冬が来る」と思う。それも白鳥の飛来で冬の訪れを感じる。その地に生活している人ならではの実感に魅かれる。

2首目、「マトリョーシカ」と「おばこ」を白鳥で結びつけた楽しい作。マトリョーシカの人形も頬が赤いものが多いような気もするが、「おばこの赤い頬」と言った温かな表現に思わず頬が緩む。

白鳥も白い息を吐くことを見たとき、作者に同じ生き物であるという仲間意識が生まれた。遠くからやってきて、この地で冬を過ごす生き物への敬愛の眼差しが、この一首にはあって、いい歌だ。「雪の川原きらきらとして」はなんでもない表現なのだが、上句の命の尊さを受けて読むと、かぎりなく美しく絶妙な描写である。

 

雪折れの小枝は春に芽吹かずに小鳥の巣へと運ばれてゆく

つつましき命と思う豆ふたつみ粒もあれば足る雀の胃

初市に買いたる新車しろがねのトッポめんこいわたしの馬こ

出て行った家族の行方 柿の実は雪ふる空になあんも言わず

 

細やかな優しい目線に注目した1首目と2首目。表現面でいえば「芽吹かずに」「豆ふたつ」の第3句の使い方がとても上手い。腰の据わった歌なのだ。

3首目の愛車を「めんこいわたしの馬こ」と言ったユーモア、4首目の深刻な上句を柿の実に転換した詩的飛躍も評価して良いと思う。

 

日々受ける電話の向こう東京の老若男女発火しやすし

何回も電話口にて謝りて帰る頭上に星が瞬く

カアという声も聞こえて電話から東京の冬の空がひろがる

どっからでもかかって来いと待ちおればどっからでもかかってくるなり電話は

のど飴など交換しつつ誰も誰も人の事情に深入りはせず

 

仕事の歌も特徴的だ。オペレータをしていて、苦情を受けることもある。ときには理不尽な怒りにあうようだ。

跋で伊藤一彦が仕事の歌について次のように書いている。

 

「オペレーターの仕事と職場を具体的に、説得力をもって歌っている。電話を受ける側、電話を掛ける側、そして女性の多い職場の雰囲気。ここには人間のシリアスなドラマがある。佐々木さんの確かな表現力がそのドラマを迫真のものにしている。」

 

仕事の歌の中で、わたしは3首目の「カアという声も聞こえて」が一番好きだ。他の歌からわかるのだが、娘さんが東京に暮らしている。秋田と東京が顧客からの電話でつながり、作者の心の中で娘のいる東京の空が広がった。愛のある歌である。

 

 

10月某日

『塔事典』塔短歌会編

 

「塔」の60周年記念事業として編纂された『塔事典』。

300ページを超える事典には、「塔」の歌人やゆかりの深い歌人に関する事項が185項目、会員の歌集と歌書に関する事項が231項目、論争を含むトピックスが202項目、その他を含めると618の項目からなる(永田和宏の「はじめに」を参照した)。

「はじめに」で永田は事典の意味と意義を次のように書いている。

 

「「塔」はたかだか六〇年の誌歴の結社である。しかし、それでもその存在は、短歌史のなかの存在である。その歴史を遺すことは、ある意味、現代という時間のなかで活動を行っている結社の責任のひとつでもあると私は思っている。それぞれの結社が、どのような形で活動を行っているのか、あるいは来たのか。どんな歌人を生み、どんな作品を残すことができたのか。それらをなんらかの形で短歌史のなかに跡づけておくことは、それぞれの存在に伴う責任でもあるはずと思うのである。短歌史とは、決して歌壇や総合誌だけのものではない。地方で営々と営まれているひとつひとつの結社誌などにおける活動の総体として、その全体像が見えてくるはずのものであろう。

本事典は、まことにささやかな試みである。しかし、自分たちの活動をなんらかの形で、短歌史や歌壇の現在のなかにピン止めしておきたいという意識を持ちながら、その日々の営みを行っている結社もある。そんな活動の一部でも、本書から知っていただければ、この事典を出版した意味もあり、またうれしいことだと思うのである。」

 

結社史の総体として短歌史があるという見方が新鮮である。

今までも短歌史のなかで結社が語られるときは、その誕生と消滅が中心で、しかも主宰者が歌壇の中心にいる場合に限られてきた。

現実問題として何百あるかわからない結社の総体として短歌史を綴ることは不可能に近いのだが、各結社が短歌史に加わろうとする姿勢は大切だと思う。

「まことにささやかな試み」と書いているが、本事典を手に取れば、いかに画期的な試みであるかすぐにわかる。

 

付録が充実している。

叢書の一覧、受賞一覧、全国大会一覧、そして年表。

散逸しがちな資料だけに、旧号にあたる手間が省けるし、一度に見ることで新たな発見もある。

「塔の京都」というマップまで付いていて楽しい。

「塔」の歴史を語る上で欠くことのできない会館や喫茶店が載っている。

たとえば、東大路と丸太町通が交わるところに「からふね屋熊野店」なるものがある。なんだろう? と事典を見ると、ちゃんと出てくる。

 

「からふね屋珈琲店は一九七二(昭47)年創業。京都を中心に京阪神で九店舗あり、熊野店はそのうちの一つ。京都の東大路通り、熊野神社のすぐ北にある。京都大学附属病院、京都教育文化センターなどに近い。近年改装されコーヒー、デザートだけでなく食事も出来るようになった。改装される前は、奥まったところに一〇人くらいが集まれる個室があり、予約すれば長時間利用できた。松村正直編集長の初期には、編集の打ち合わせや校正の作業をしていた。最近はその部屋はなくなったが、京都教育文化センターでの京都歌会が終わった後、有志四、五人が夕食をとり歓談する場所として利用している。[黒住嘉輝]」

 

『塔事典』を手にして、わたしが最初に調べたのが「田中栄」である。

2006年というから今から8年前になる。田中栄の遺歌集『海峡の光』が上梓されたこと知り、「塔」編集部にメールで注文した。「塔会員以外では最初の注文です」と返信があって、じきに本は届いた。

そのとき「心の花」の時評を担当していたので短くだが、田中の歌を紹介した。

 

炎天の下の塩田に老いひとり影ふみて筋目つけとおすなり

後継ぎのなきも嘆かず筋目ひく塩田にひかる塩の結晶

 

「失われつつある風景と労働を、感傷を排除して歌っている。短歌が歴史の証言になり得るには、大きな言挙げではなく、かくも小さな場面を写し取るしか方法はない。いかんせん小さな詩型のすることだ。」(「心の花」2007.3)

 

「時間の経過」と題した時評だったので、このような大それた文章になってしまったが、とにもかくにも、わたしは『海峡の光』を愛読し、田中の他の3冊の歌集も読みたいと思っているうちに雑事に追われて忘れていた。

8年経って、『塔事典』を見た途端に、田中栄の名を思い出した。

藤田千鶴が田中栄の4冊の歌集から1首ずつ引いている。

 

年老いて再婚のこと言う母と一日淡あわ麦を蒔きゆく  『岬』

荒磯には死せる海猫眼を閉じて空に絶えざる海猫の声  『水明』

ひと焚きて捨てし焚火を育ている二月の海辺のわが独り言『冬の道』

拾い来し貝と若布に夕餉して流されし王の一生思いき  『海峡の光』

 

4首とも好きだ。

『塔事典』に出会えて、よかった。

 

 

10月某日

『造りの強い傘』奥村晃作

 

第14歌集。

2012年と2013年、著者76歳と77歳の作品を450首を収めている。

 

帯・カバー外し〈新刊歌集〉読む二度目はうしろの頁から読む

巻末(すなわち450首目)の歌が、これ。

読み終えたところ、もう一度後ろから読んでくださいと誘われる。

この歌を巻末に置く、したたかさとユーモアを賞讃したい。

しかし、本書には外すべき帯とカバーがない。

どうせ外すのならば最初からいらないじゃないか、そんな作者の声が聞えて来そうな歌であり、装丁である。

装丁が実に、いい。渋くて、光っている。

装丁は濱崎実幸氏。

無駄なものがなにもないので、手に馴染む。

指先の油が表紙に沁みこんで、適度なシミが生まれるところも、読んだ充実感につながって、いい。

 

些事詠んで確かなワザが伴えばそれでいいんだ短歌と言うは

*「些事」に「さじ」のルビあり。

 

こういう歌がある。もちろん自分の歌の在り方についての宣言。ただごと歌宣言だ。

ただごと歌がただごと歌として成り立つには、相当な技術が必要だと思っていたが、それを奥村が「確かなワザ」と表現した。

その確かなワザを見てみよう。

 

折り畳み傘で造りの強い傘拡げて差して吹雪く道を行く

区の花の二輪草からゆるキャラの「りんりんちゃん」が誕生したり

スリに注意と書く看板がルーブルのモナリザ飾る部屋にもありぬ

「日本橋」を終点に歩く人たちと起点に歩くグループとある

 

1首目、「造りの強い傘」とは確かなワザが伴ったただごと歌のことであり、「吹雪く道」とはただごと歌を蔑視する風潮である・・・なんて読みをすると、それすなわち、ただごと歌の否定になってしまうので、文字通りに読んでおこう。

2首目、リズムの良さは「ら行」の音の繰り返しから生れている。安易な命名も、流行に乗ったゆるキャラの誕生も批判はしていないし、かといって肯定もしていない。でも、その事実が気になっているという雰囲気は伝わってくる。

3首目も4首目も「だからどうした」とは言っていないのだが、そこにそれがあることが気になって気になって仕方がないということだけは十分にわかる。

「些事」は単なる些事ではなくて、作者にとって「気になる些事」であることが必要なようだ。

 

津波禍の人らの死体一体も見てない東京住まいのわれは

Tさんの車にわれら同乗し「警戒区域」の封鎖地目指す

福島の子ら来て遊べ赤塚の水遊びする噴水池に

生ウニの身を食べるのも「復興の支援」と言い合い黄の身をすする

 

震災の歌はさすがに些事としては扱い兼ねるのだろうが、それでも至近距離に近づいていって、あるいは身近にある出来事を詠もうとする姿勢は、「ただごと歌魂」の表われである。

 

妻は一番値段の安い吊るし雛自分に買いぬ入った店で

十名の歌の仲間が図らずもわが喜寿めでたと祝いてくれぬ

四十四歳同士の婚ぞ 甥っ子の初婚、晩婚、ラブラブの婚

スニーカー履き馴らし歩み早かりき田谷さんと語りし駅までの道

 

この4首は「ただごと歌」の範疇を少しはみ出すかも知れない。

そんな妻を愛しいと思い、仲間に感謝し、甥っ子を祝い、田谷鋭の悼む。

些事でないこと、つまり、ただごとでないことを詠むときも、ただごと歌で鍛え上げた確かなワザが生きている。

 

 

10月某日

『きなげつの魚』渡辺松男

 

第8歌集。

「あとがき」に「満天の星のどのひとつにも私の手はとどかない。しかし星の微光はこちらへ届きつづけている。死後に存在するものは、私の孤独よりずっと大きい存在なのだ。私は治療法のない難病となった。当たり前のことはなにもない。星の微光を額に感じつつ、賜りもののようにある〈今〉を大切に生きたい。」と書かれている。

父の生と死、母の生と死、妻の生と死をうたう。

うたう対象は、生を終え、死を通過し、死後の世界にいる者である。

そして、「賜りもののようにある」〈今〉を生きている「われ」もうたう対象だ。

 

死にしゆゑわれより自在なるきみのけふたえまなくつばなとそよぐ

なき妻もこはるびよりにぴんぽんの球ほどとなりかるらかに跳ね

亡き妻は牡丹となりぬみづからを隠す牡丹のたれにも見えぬ

 

「死後に存在するものは、私の孤独よりずっと大きい存在なのだ」と「あとがき」に書いた作者ではあるが、うたう時、死後の世界は軽やかで、ふわふわ漂っていて、自在で、楽しそうである。

先に死後の世界へ行ってしまった妻への祈りであり、いづれは自分も行くであろう世界への願いでもある。

一編のおとぎ話が31音で語られている。

 

亡ききみへプレゼントだよ鶯を藪にしまひて藪ごとあげる

亡ききみのまなつのゑみのすがしさのみえて湖畔にやなぎらんゆる

なきひとのあなたとゐると落ちつきて透きとほつた池は底のもみぢ葉

 

「きみ」「あなた」と特定はしていないが「亡き妻」と読むべきなのだろう。

亡き妻と語らい、一緒に過ごす。

悲しみの極まった歌ではあるが、やわらかな呼びかけに救いがある。

読者が救われ、なによりも作者自身の救いになっているのだろう。

 

日ごと鐘空に澄めどもわがやまひきのふよりけふよくなるはなき

耳のおくのみづうみ荒れてゐるけふはまゐつたな死が憎くてならず

はるかなるみづうみにこころ置きながらすすりてゐたり薄霧の粥

 

病状をうたうことはほとんど無いのだが、「わがやまひきのふよりけふよくなるはなき」とつぶやくように歌う。季節の移り変わりを鐘の響き具合で察しながら、自分を見つめる。静謐さは言葉の意味だけではなく、濁音の少ない音を列ねているから生まれるのだろう。

毎日、死と対峙していて、死を受け入れる準備ができているはずであったが、心が乱れて、「死が憎くて」ならない日もある。

その状態を「耳のおく」にある「みづうみ」が「荒れてゐる」と表現する繊細な美しさと、「死がに憎くてならず」と断言する切迫感とが、人間の精神の脆さを見せている。

その脆さは作者特有の脆さではなく、すべての人間の持つ脆さだと思うのだが、難病の病床にあって、切迫感は表現できても、なかなか繊細な美しさは表現できないだろう。

 

どろりとせるなみだなかなかおちざれば初日といふに世界のゆがむ 、

だんだんとわたしに占むる死者の量ふえきて傘にはりつくさくら 、

ちかごろ視野にむらさきゆたゆたゆれゐしがはつと気づけば藤もなにもなし 、

あはれ蚊のしよぎやうむじやうのひらめきは掌につぶされしかたちとなりぬ 、

ひえびえと紅葉のひと葉わがうちに立ちぬればそのひと葉がすべて 、

 

季節の巡りの中で命を見つめている。

病室の窓から初日の出を見たのだろうか。初日を見ながら涙が流れて来たということは、生きて新しい年を迎えられたという喜びもあるだろうし、来年は初日を見られるだろうかという絶望に似た思いもあるのだろう。

死者を思う時間が長くなっている。

「掌につぶされし」蚊を見て、死とは全てを無にして、潰された形に過ぎないのではないかと思うこともある。

最後に特に好きな3首をあげておきます。

 

タイルの目朝のひかりにうきあがりタイルひとつにわれはをさまる 、

せかいのうゑとくながひをせぬさらさらのなみだがみそひともじのレタスへ 、

やまがはのあさがほひとつ咲きたるは死者のうちから妻をえらびつ 、

 

入浴という具体的な場面を思い浮かべてもいいし、自分の一生なんて所詮タイルひとつに収まってしまう小さなものだ・・・そう読んだとき、わたしは泣いていた。

 

「あとがき」にこのような文章がある。

 

「亡くなった父、亡くなった母が何だったのか解らない以上に、妻が何だったのかは解らない。父との時間、母との時間、妻との時間はそれぞれに濃く、共に生きた。実感は確かだ。そして一人ずつ別れていったが、妻と過ごした時間が一番長かった。親しい者ほどその生を思えば不可思議で、意味を問うても解らない。」

 

自分との時間を出来うるかぎり長く生きてほしいと願う。