阿木津 英


古谷智子著『片山廣子』と加藤治郎の時評エッセイ

古谷智子著『片山廣子』(本阿弥書店、2018.7)は好著であり、労作だ。片山廣子といえば、芥川龍之介とのエピソードが有名で、松村みね子の名でアイルランド文学を翻訳紹介し、歌人としては若い頃に歌集『翡翠』を刊行、戦後には「女人短歌」に掲載した「りんご」の歌が話題にのぼったということくらいで、わたし自身、何度もその歌に触れる機会はありながら、はっきりとした像を結ばなかった。

 

このたび本書によって、片山廣子の歌の魅力を知り、文学する人としての魅力を教えられた。恵まれた環境に生まれ、知的な教養を身につけて育ち、歌文に理解のある高級官吏のもとに嫁いで、何ひとつ不足のないような生活を送りながら、歌や翻訳、エッセイなど創作にたずさわった。その得た評価からすれば、歌壇文壇の表舞台にもっと立って活躍してもよいはずだったが、それをよしとせず、しずかな生活をおくった。

 

近代を抗って生きた女性歌人や女性小説家の群像のなかに置くとき、物足りないとさえ思われるつつましやかな生き方だが、じつは、そんなに恵まれた境遇にも、文学に生のよろこびを見出したものがぶちあたらざるを得ない「女」の壁があり、ひそかな煩悶のあったことを、歌や文章や書簡をあげつつ、本書は伝える。ひんやりとした知的な相貌の背後にある、文学へのもどかしい情熱を伝える。

 

 

たゞ私(わたし)どもの魂の奥ふかくで切に恋ひ求める一つの匂ひを忘れきることはむづかしいことです。さういふ欲求を持つて生まれた女は、元来が不幸な女で、ある程度まで自分を屈(ま)げて務めて見ても、たうてい、完全な家庭の主婦となり切れるものではありますまい。       松村みね子「家庭と芸術との調和」(『新家庭』大正11.3)

 

わたくしたちはおつきあいができないものでせうか ひどくあきあきした時におめにかゝつてつまらないおしやべりができないものでせうか あなたは 今まで女と話をして倦怠を感じなかつたことはないとおつしやいましたが わたくしが女でなく 男かあるひはほかのものに、鳥でもけものでもかまひませんが 女でないものに出世しておつきあいはできないでせうか これはむりでせうか

 

 

後者は、軽井沢から芥川龍之介が帰京したのちの、芥川宛廣子の書簡である。姿かたちが女でさえなければ、「魂の奥ふかくで切に恋ひ求める一つの匂ひ」をこころゆくまで語り合うことができるのに……という口惜しさが、思わずほとぼしる。

次に掲げるのは、芥川龍之介に関わる歌。

 

 

わが前に白くかがやく微笑なり月日流れて友をおもふとき

地獄といふ苦しみあへぐところなどこの世にあるを疑はぬなり

 

 

片山廣子には二冊の歌集しかない。第二歌集『野に住みて』は昭和二十九年一月に上梓、右の歌もふくめて、大正十四年から昭和二十七年までの作が収められている。

本書は、封建的社会制度の世に生まれて文学する魂をもった「女」のくるしみを、厚みのある資料探索と歌の解釈とによって、物静かな歌の表情のかげから彫りだしている。とりわけ、『野に住みて』の歌の魅力を伝えてくれて、わたしにはありがたかった。

 

 

さつさうとパンパンひとり住む家に白桃の花は真珠のごとし

山百合のあまりにほへば戸をあけて暗やみの中に香を流しやる

まつすぐに素朴にいつも生きて来し吾をみじめと思ふことあり

                         『野に住みて』

 

 

*                               *        *

 

 

「現代短歌は、ますます面白くなっている。人間の自由な心が発散している。それは豊かさに繋がるものだ」という書き出しではじまる、加藤治郎の時評「躍動する心」を読んだ。日本現代詩歌文学館館報第83号「詩歌の森」。

 

「口からでまかせといふと語はわるいが、自由に語を流して、魂を捉える」という、かの有名な「女流の歌を閉塞したもの」(折口信夫)の一節をかかげつつ、「折口は「生命の流動」を大切にした。この水脈は現在に続いている」として、次のような歌をそれぞれ丁寧に読み解く。

 

 

蝶は咬む。わたしの耳や首をかみ会社じゃない場所へつれてゆく

立てないくらい小さな星にいるみたい抱きしめるのは倒れるときだ

夏布団わたしのパンツがみえたならそれはおみくじ、いつも大吉

            雪舟えま『はーはー姫が彼女の王子たちに出逢うまで』

 

呪いのこと愛って言うな ドラム式洗濯機は遊園地じゃねぇよ

いいよっていうことが嫌だけどいいよって思うからしょうがないじゃん

シンクロのおじぎ。あなたはほほえ。んで。ぼ。くをわすれ。ていく。ん。だ。ね。。。。

               初谷むい『花は泡、そこにいたって会いたいよ』

 

 

折口信夫の講演記録「女流の歌を閉塞したもの」が『短歌研究』に掲載されたのは昭和二十六年一月、講演はその前年だが、ちょうど同じころ、昭和二十五年に次のようにも書いていることを加藤治郎さんはご存じだろうか。

 

 

即興が起るのをいつまでも待つて居ても、何時起つて来るか訣らないし、正しい即興の歌を作つたと自信してゐても、それが問題にならない平俗な歌である事が多いのだから、相当な作歌経歴を持つまでは、どうしても此技巧と言ふ方法でゆくよりほかないと思ふ。      

             「短歌啓蒙(Ⅲ)」昭和二十五年、折口信夫全集第二十七巻

 

「技巧」というのは、いわゆる「写生」――自然のものに向き合って語をつけていくというスケッチや、また「世間に信用をもたれてゐる作家の歌集を読む事」をしつつ、一つずつスキルを学んでいくことをさす。まあ、地道な勉強をしなさい、ということだ。

 

雪舟えまの歌は、それなりに理解できる。この頃はやりの二次元少女の絵柄が浮かんでくる。わたしの口には合わないけれど、好きなひともいるだろう。けれど、一九九六年生まれという初谷むいの歌は、「正しい即興の歌を作つたと自信してゐても、それが問題にならない平俗な歌」の部類の方ではあるまいか。

若いひとは、とても可塑性に富んでいる。刺激を敏感に受容して、どんどん変わっていける。初谷むいも、きっとそんな若者のひとりだ。そういう信頼を、わたしは失ったことはない。

 

深い信頼を持ちつづけながら、しかし、もうわたしも長く生きてきたからね、一日一日をさほど疎かにしたつもりもなく積み重ねてきて、ああ、いいなあ、うつくしいなあ、こうありたいなあ、という価値の基準がある。疑い疑いして、ときには自らの身を切りながら、抗って、痛い目にあって、ようやく得たわずかなもの。

 

そういう基準からすると、加藤治郎がたたえるほどには「現代短歌は、ますます面白くなっている」とも、「人間の自由な心が発散している」とも思えない。どこか虚ろな感じが歌にまつわっている。

 

このような意見を大きな声でいうつもりはないが、ここまで生きてきた人間の責務としてつぶやくくらいはしておかなければならないように思うのだ。