ちくまプリマー新書から『しびれる短歌』という本が刊行された。
プリマーとは「初歩読本、入門書」を意味するらしい。広く、普遍的な読者を想定したシリーズであろう。そのラインナップに初めて短歌が登場した。著者も、東直子と穂村弘という、すでに幅広い読者を獲得しているふたり。短歌に親しみのないひとにもわかりやすい、魅力的な案内本をめざしているのだろう。
読みはじめてみたところ、冒頭(まえがき)から岡崎裕美子の
したあとの朝日はだるい 自転車に撤去予告の赤紙は揺れ
が引用されているのを見て、わたしは正直「またか……」とがっかりしてしまった。
読み続けていけば、冒頭にこの歌を引用したかった意図はわかるし、岡崎裕美子の歌はこの歌以外にもたくさん引用されているので、半分は納得したのだけれど、それでも、この歌が穂村弘によって引用されるたびに、わたしは胸の底がざわざわとしてしまうのだ。
この歌が、初めて穂村弘によって引用されたのがいつなのか、正確には覚えてはいないのだが、少なくともこの歌が引用され話題になったとき、岡崎裕美子はまだ短歌をはじめて間もない頃だった。そんな時期に代表歌を決められてしまうことは、歌人のスタートとしてしあわせなことだろうか。「眠れる森の美女」の魔女の呪いのように、それは岡崎裕美子のその後の歌を縛ることにならなかっただろうか。
穂村弘は同じ歌をなんかいも引用する傾向が強い。それは彼の嗜好が偏っているからではなく(もちろん、偏っているからでもあるが)、自身の短歌論を補強するための手段ではないだろうか。
そんなことをつらつらと考えていたら、「歌壇」二月号に寺井龍哉が「穂村弘の公式ー歌語の開発とその周辺」という特別評論を寄稿していて、興味深く読んだ。
寺井龍哉は、穂村弘のあらたに持ち出した「基本的歌権」という用語にまつわる現実との齟齬やちょっとした紛糾について触れたあと、「「基本的歌権」という語の不適格そのものは大きな問題ではない。穂村弘によりまた新たな短歌の用語が生み出され、大きな注目を集めることが問題で」あると指摘する。そして穂村弘が導入した批評用語のうち「棒立ちの歌」および「短歌的武装解除」についての検証をしていく。そこから導き出された結論はこうだ。
…穂村は「共通認識」のもとで互いに「武装」し、格闘することを期待していたのだ。そして裏切られた期待は、新たに登場してきた作品に「棒立ち」や「武装解除」の名を与え、その戦意の希薄さを特徴づけた。いずれの用語も争闘すべきものが争闘しようとしていない、という含みを多分に持つ。「共通認識」のうえで格闘することを望む穂村は、それを共有できず、かつ戦意も認められない「若者たち」の歌に苛立ち、迂遠なかたちで宣戦していたのだ。
これを読んでわたしは少し違う印象を持っていることに気づいた。「棒立ち」の歌の例としては、今橋愛の
たくさんのおんなのひとがいるなかで
わたしをみつけてくれてありがとう
がなんかいも引用されてきたし、「短歌的武装解除」の例としては、このコラムで前回もとりあげた飯田有子の破調の歌が多く引用されてきた。たしかにそれらは、穂村弘にとって「驚異」であったり「理解不能」だったりしたかもしれないが、それらの用語はそれを理解するために穂村が命名したものであって、そこに寺井龍哉が指摘するような「苛立ち」や「宣戦」の意図があるとは、わたしは思ってもみなかったからだ。
寺井龍哉は「穂村弘の批評用語の開発の功績の第一は、平易かつ説得力のある用語法の発達を促して歌評を活発化させたことに」あると言うが、わたしはむしろその「平易かつ説得力のある用語法」と、それを補強するための例歌の選択の狭さに穂村弘の〈罪〉があると感じている。
穂村弘はアレゴリーの名手である。寺井龍哉が抽出した「棒立ち」や「短歌的武装解除」もそうだが、ほかにも「酸欠世界」「圧縮と解凍」などすでに人口に膾炙している語をはじめ、座談会などで何気なく彼が用いる語が、独特なアレゴリーによるキャッチーな喩として、語り口の明晰さとともに、とてもわかりやすいのである。
が、「わかりやすい」ということは、とても危険なことなのだ。「棒立ち」や「短歌的武装解除」として括られた歌(や歌人たち)が、その用語や彼の語る理論がわかりやすいがために(岡崎裕美子が「したあとの朝日……」の歌の流布によってイメージを決めつけられてしまったように)穂村弘という魔女の呪いにかかってしまった可能性はないだろうか。同じように、「歌壇」二月号で寺井龍哉が指摘した「基本的歌権」も、おそらくはその座談会で何気なく発せられた言葉が、あまりにもキャッチーであったがために、二次的に受け取った側へ必要以上の反応を導き出してしまったように思われる。
単純に〈功〉〈罪〉ということを考える時、やはり穂村弘には〈功〉のほうが大きいのだと思う。できるだけ新しい短歌を見出し、理解し、広めていきたいという思いを感じてしまうのは、穂村側に寄り過ぎた感慨だろうか。だが、そもそも戦う意志のない側にとっては、寺井龍哉の指摘するような「苛立ち」や「宣戦」として見えてしまう気持ちもわからなくはない。
少なくとも「眠れる森の美女」で呪いをかけた招かれざる十三番目の魔女にあるような悪意は、穂村弘にはない。悪意がないから厄介であるとも言えるし、穂村弘はいまのところ、招かれざる客どころか、いちばん声が大きく、その声が短歌村からいちばん遠くまで届く論客である。
追記:岡崎裕美子の「したあとの朝日……」の歌を初めて総合誌に引用したのは岡井隆であるということを、岡崎自身から聞いた。岡井隆もまた、比較的若い世代の新しい作品を文章に引用する名手であったが、その都度その都度、岡井の関心の矛先にあるものが引用されるからなのか、引用に偏りがある印象は薄い。