田中槐


『水界園丁』と連句の話

先月も引いた睦月都の「歌壇時評」(「短歌」10月号)の冒頭に、生駒大祐の句集『水界園丁』が引かれていて、睦月都は「オーソドックスな季語を用いながらその切り口に斬新な技巧があり、掲出句(引用者注:〈ひぐまの子梢を愛す愛しあふ〉)のように、具象から抽象へぐっと親指を押し込むような句」に惹かれたと書いている。特にこの〈ひぐまの子梢を愛す愛しあふ〉という句の、分類上は「一物仕立て」でありながら、「二物衝撃的なスパークを読者に幻視させ」るエネルギーについて、生駒特有のものを見出している。

 

生駒大祐の『水界園丁』は話題の句集だが、9月29日の朝日新聞「俳句時評」では、青木亮人が「32歳の生駒大祐による『水界園丁』(6月、港の人)は平成俳句が達成した金字塔だ」と絶賛している。

 

その句群は師系や同志の連携から紡がれるというより、データベースの集積から生まれた誠実な結晶体といった風がある。生駒は三橋敏雄や田中裕明らに比肩しうる可能性を秘めた貴重な俳人で、『水界園丁』は後世まで令和俳句の第一歩と語られるだろう。例えば、次の句のように。

 ゆと揺れて鹿歩み出るゆふまぐれ

 

そして、やはりこの青木亮人の「俳句時評」を読んで、東郷雄二が自身のサイト「橄欖追放」で『水界園丁』を取り上げている。東郷雄二はこれまでも比較的若い世代の俳人たちの話題の句集を取り上げていて、そのへんの歌人よりもよっぽど現代俳句へのアンテナの張り方も素晴らしい。もちろん歌集を鑑賞するよりも句集の鑑賞にはやや手こずっていて、青木亮人のいう「データベースの集積から生まれた誠実な結晶体」のところには触れようもない。しかし

 

生駒の俳句は(略)写生の句ではない。コトバから作る句である。しかし葛粉を作るときに、何度も何度も水で洗って不純物を流して精製するように、コトバを洗って濾過して抽象化する一歩手前で留め、それを使って廃園の園丁のように世界を組み立てる

 

というように、その作風にどこか人工的で技法的な部分を見出しているところは、期せずして睦月都の指摘している「オーソドックスな季語を用いながらその切り口に斬新な技巧」と似通うようにも思う。

 

さて、「みしみし」という連句の同人誌がある。不定期刊であるが、さきごろ3号が刊行された。そのなかで「みしみし」編集人の三島ゆかりが『水界園丁』について書いているのだが、またここで睦月都の「二物衝撃」の話とつながっていくので紹介したい

三島ゆかりは、生駒大祐の〈五月来る甍づたひに靴を手に〉という句について、

 

この句は「五月来る/甍づたひに靴を手に」と切断して取り合わせの妙味を味わえばいいだけのものだろうか。むしろ切断ではなく、「甍づたひに靴を手に/五月来る」を倒置したものとして、五月が主語としても読めるようにわざと書いているのではないか。

 

と読み解く。〈ひぐまの子梢を愛す愛しあふ〉では二物衝撃に行きたくなるところをあえて一物仕立てに。〈五月来る甍づたひに靴を手に〉では二物衝撃とみせておいて実は五月の擬人化。いずれも見た目は少しも技法的にみえないところがテクニカルでもある。さらに三島ゆかりは、

 

句集をここまで読んできて感じるのは、俳句を通じて自然と接することにより獲得したであろう独自にして強固な、俳人としての世界設計である。その設計に基づいて完成したのが、句集という作品世界である。そこでは現実世界とは異なる生命活動や時間の流れがある。単に擬人化によりうまいこと言ったぜという底の浅い措辞ではなく、生駒大祐にとって俳句とは現実世界から、違う秩序を持った作品世界への射影であり再配置だと考えた方が、腑に落ちる。

 

というように生駒大祐の句を、句集を解読する。

ここまで来ると、青木亮人のいう「データベースの集積から生まれた誠実な結晶体」もみえて来るような気がする。

 

俳句も短歌も、膨大なデータベースとつながっている点では似ているのだけれど、短歌はそのデータベースを見ないふりしてでも歌がつくれてしまうのに比べて、俳句は、季語をつかう以上は季語の背後にある巨大データベースを無視するわけにはいかない、というところが大きく異なる。俳句甲子園世代(という括りをしていいのかわからないが)は、俳句のそういう窮屈さから自由になろうとしている傾向があるようにみえて、実は生駒大祐のようにその窮屈さを逆手にとってその先を目指しているようにもみえる。実に頼もしい。まだこの先も、そういった世代の斬新な句集が出てくるにちがいない。

 

そして、今月ついでに書こうと思っているのは少し違う話なのだが、さきほど「みしみし」を引いたから、そこから強引に連句の話をしようと思う。

 

まず「みしみし」について、もう少しくわしく説明しよう。

編集人である三島ゆかりによる2号のあとがきから引用する。

 

「みしみし」は二〇〇九年からネット上で歌仙を巻いている三島ゆかりによる座である。組織としての体裁は持たず、三島ゆかり以外は自由に出入りして今日に至っている。その一部を紙の印刷物とした不定期刊連句誌『みしみし』創刊号は、連句界のみならず俳句界、短歌界、川柳界からも暖かく受け入れて頂いた。短詩系(注1)をジャンル横断的に見渡すきっかけとして、連句はさらに再注目されてもよいだろう。

 

わたしは、連句経験などさほどないのに、たまたまお誘いを受けて「みしみし」のネット連句に参加して、連句誌の「みしみし」の創刊号、2号と作品を掲載させてもらった。

歌人で(俳人でも)、連句を巻いたことのあるひとはそれほど多くないだろう。わたしも本当の連句は一回くらいしか経験がない。そのときはルール(式目)の複雑さに閉口したものだ。それが、かつてラエティティア全盛期に、ネット上で連句を定期的に巻くようになって、それは楽しく参加できた。そのときも、俳人、歌人、川柳作家(注2)、現代詩人が入り乱れての短詩型(注3)ジャンル横断マッチだったと記憶している。いうまでもなく、連句は「五七五」の長句と「七七」の短句を交互につなげていくゲームのようなもので、その発句(一番最初の長句)が独立したものが「俳句」であり、川柳に「七七」のかたちがあるのも、連句に関係ありそうだし、本当にいうまでもないけど「五七五」と「七七」がくっついたものが「短歌」なわけだ。

なのに、なぜ、歌人は(俳人も、川柳作家も)連句を巻かなくなってしまったのか。

 

この問いにきちんとした答えは出ない。いくつかの要因のひとつは、連句は「座」の文学であり、作品としては限りなく無名性が高い、というところにあるのだと想像している。よく、連句はやっているひとたちにしか面白くない、といわれる。たしかに、巻き上がった三十六の長句と短句だけを読んでも、さほど面白いものではない。この句のあとにこんな展開が! みたいなことはあまり見出だせない。巻いている最中だからこそ、ドラマティックな展開に酔ったり沸いたりして楽しいのだ。さらにいえば、できあがった歌仙に作者名はない。「客人」としてそれぞれの名前は連ねるが、作品全体の作者とはならない。まさに「座」が、そこにはあるだけだ。

「みしみし」では、そういった「座」の雰囲気を少しでも伝えるため、三島ゆかりが参加者(客人)の紹介をしたり、付け句の実況中継のような解説をつけることで、読み物としても面白い連句に仕上げている。

ルールが難しいとはいえ、だいたいの方向性(次は月の句ですよ、とか、季節は春ですよ、とか)は捌き人が教えてくれるし、最低限、「打越」と「付きすぎ」にだけ注意しながら自由に付ければよい。だめ句には捌き人がダメ出しを出してくれる。

季語に弱い歌人にはハードルが高いと思われるかもしれないが、切れを意識してしまう俳人に「切れてはいけない」連句はむしろ難しいかもしれない。いずれにせよ、俳句でも短歌でも川柳でもあり、俳句でも短歌でも川柳でもないものが連句なのだから、みんな一緒になってもっと遊んでもいいのに、と単純に思うわけです。

とりあえず、「みしみし」読んでみるところから、いかがでしょう。と、最後は時評っぽくなく宣伝めいてしまいました。

 

「みしみし」問い合わせ先:[email protected]

注1)ここでの「短詩系」は、短詩型のさまざまな系統というような意味で用いられているのだろう。

注2)「柳人」という呼び方もありますが、わたしは個人的に「川柳作家」という呼称を用いたいです。

注3)注1とは別で、こちらは単純に「短詩型」という意味です。