土岐友浩


(追記)花水木の歌をめぐって

花水木の道があれより長くても短くても愛を告げられなかった   吉川宏志
 
拙文「リアリティの重心」を書いた時点で、僕自身も半信半疑だったことを告白しなければならない。この歌を「愛を告げなかった」歌として、本当に読めるものなのか、どうか。

歌人のあいだでは、と一応の留保をつけておこう。ツイッターを見るかぎり、「愛を告げた歌としか読んでいなかった」という意見が大部分を占めた。読み返しても「告げた」としか読めないという意見に、「告げなかった」と読めなくもないが、疑問が残るという意見。少数だが、自分の美意識に照らし合わせれば「告げなかった一択だ」と書いた人もいた。

そこから議論は大きく「歌人」や「短歌クラスタ」の枠を超えていく。きっかけのひとつは、飯田和馬が始めたアンケートだった。

飯田は花水木の歌と構文が同じ二つの文章をつくり、それぞれどのような事態を思い浮かべるかをツイッターのアンケート機能を使って訊ねた。

 
「薬剤の投与があれより早くても遅くても彼は助からなかった」
「シナモンがあれより多くても少なくてもアップルパイは美味しくなかった」
 

驚くべきことに、二十四時間で約二万人が、これに回答。おそらくここまでの反響があるとは、飯田自身も想定していなかっただろう。

ちなみに結果を書けば、前者で彼が「助かった」と答えたのが37%で、「助からなかった」が61%。アップルパイは「美味しかった」が52%、「美味しくなかった」が46%と見解が分かれた。回答者の多くが花水木の歌にも言及し、「告げなかった」と読んだ人も多数にのぼった。

飯田はアンケートを実施した目的を、次のように振り返っている。「これまで何の疑いもなく、愛を告げたのだ、と感じとっていたので、そうでない読みがあることにはじめ衝撃を受けました。しかし改めて考えてみると、十分にそのような読み方もありえるな、と思い至り、逆に自分が今まで何故思わなかったのかを知りたくなりました。」

「歌人みんな花水木の話してる」とも言われたタイムラインの渦中で、ある朝、荻原裕幸がこうつぶやいた。
 
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短歌一首の読解をめぐって、私とは正反対の意見が出たときに、イメージしていた作中主体が、それをきっかけに、にわかにメルトダウンする周囲の風景に未練を残しながらも、そうか、そうだよね、などと納得するように呟いて、新たに構築されてゆく風景を、その世界の現在として受け入れる、微妙な表情。
https://twitter.com/ogiharahiroyuki/status/1215047923420942338?s=20
 
もちろん花水木の歌に、直接言及しているわけではない。それでも、顔を伏せた歌人たちの「微妙な表情」が、僕には目に浮かぶような気がする。

僕は(次回の時評どうしよう……)と内心思いながら、とにかく、この議論を掘り下げ、まとめるしかないと、「花水木」その他のキーワードで検索をするとともに、何人かの方と連絡をとった。そうして少しずつ、この噂の出処がわかってきた。

永田淳は十年ほど前から京都造形芸術大学で、主に文芸表現学科の学生相手に教鞭を執っている。講義で「花水木」の一首を現代短歌の名歌として紹介したところ、どうも話が噛み合わない。よくよく訊いてみると、学生の多くが「愛を告げなかった」と思っていたことがわかったというのだ。挙手をとれば、学生の七割から八割が「告げなかった」側だという。文芸表現学科、つまり表現に関心のある学生の大半が、そう読むのだ。

本文では詳しく書かなかったけれど、改めて問うべきかもしれない。

これは、若者の「読解力」の問題なのだろうか。

OECD(経済協力開発機構)が実施した二〇一八年の学習到達度調査で、日本の子どもの読解力が低下していると大きく報じられたのは記憶に新しい。その原因もさまざまに論じられたが、「読解力」という言葉は、明らかに独り歩きしている。

今回の調査では「読解力」は「情報を探し出す」「理解する」「評価し熟考する」の三要素によって評価された。文部科学省国立教育改革研究所の報告書によれば、二〇〇九年時と比較して低下が認められたのは「情報を探し出す」「評価し熟考する」の二つで、「理解する」つまり「字句の意味を理解する。統合し、推論を創出する」力は、安定的に高い結果となっていた。(*1)

ここから、「若者」の「理解する力」が落ちているとは言えないことがわかる。角川短歌の令和二年版『短歌年鑑』でも「国語教育と短歌」がテーマの座談会が開かれ、柳宣宏は、たとえ「チャラい」など若者言葉を平気で使う生徒であっても、授業で指導すれば、評論文がしっかり読めると述べた。柳の「子どもの読解力はなめてはいけないと思いますね」という発言は、現場の教員の実感だろう。

花水木の歌に関して言えば、このテキストから「愛を告げられなかった」可能性を読むことは、間違いではなかったと僕は思う。一方で、短歌を鑑賞するときには、なによりも作者へのリスペクトを忘れてはいけない、とも指摘しておきたい。

『青蟬』は二十五年前の歌集である。時間が経つにつれて、歌が作者の手を離れていくのは、避けられないのかもしれない。そのとき読者は、何を手がかりに歌を読めばいいのか。文法的に考えれば、あるいは文法的に正しく言葉を補えば、意味が確定するし、そうするべきだという意見もあるだろう。しかし正しさとは、ガラスケースのようなものだ。

この文章を書いているいま、花水木論争の勢いは収まってきた気配もある。ここまでの主だったツイートは、花笠海月がまとめている。また濱松哲朗らが、それぞれの立場から記事を書いてくれた。貴重な意見のすべてに、心から感謝したい。

白熱のさなかで、僕は個人的に、ある歌会の風景を思い出していた。

京都造形芸術大学、通称「造形大」には「上終(かみはて)歌会」という名前の学生短歌会がある。立ち上げたのは、永田淳と文芸表現学科の有志。OBも参加できる自由な雰囲気の、二〇人ほどの歌会で、僕も何度か参加させてもらった。

この歌会は、僕の感覚では、一首に対する「読まれ方」の幅が、かなり広い。お互いの読みを、できるだけ尊重しようというムードがあるからだ。仮に花水木の歌が提出されたとしたら、告げた/告げないの他に、たとえば「告げられなかった」の「られる」は可能ではなく受身ではないだろうか、そんな意見も出るかもしれない。あまりにアクロバティックな解釈が出たときや、議論が歌から離れすぎたときだけは、永田がそれを指摘する。

二〇一七年発行の会誌『上終歌会01』を読み返し、井村拓哉の「こことそこ」というエッセイが、いまの「若者」の頭のなかを覗き込むようで、印象に残った。最後に紹介し、この追記の結びとしたい。全文を引用することはさすがにできないけれど、全体がひとつの流れをなす哲学的な文章なので、省略を挟むのはとても心苦しい。
 
 

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以前に比べると、脳を痛めつけることがだいぶ減った。頭をしぼるというのとはすこしちがう。これは、人生とかそういうものを建設的に考えてゆこうとする態度のことではなくて、むしろいろいろな可能性を捨てきれずに能動的に前進せずにいるということだ。

(中略)

脳を痛めつけるというこの態度は、あるいはすべて若者の自意識の話になってくるのかもしれない。自意識が自意識自身を特権化しているように、この停滞は停滞自身に正当性を与えるし、それとおなじように正当性を奪いもする。だから厄介だ。非難するものとしての自分がいながら、非難されるものとしての自分もまたそこには現れる。

最近思うのは、自分はここにも生きているし、そこにも生きているということだ。ここで自分は世界の中心であり、それと同時に、自分はそこらへんの目立たない人間の一人でもある。こことそこ。なぜ、これらが一緒になった言葉がないのだろうか。完全に客観的であることができないように、完全に主観的であることもまたできないはずだ。ここに実感があり、そこに実感がある。そして、こことそことが一緒になった場所にも、自分が考え、感じ、生きているという実感がある。どれかを捨ててしまうことは、ほかの自分を偽るということだ。可能性としての自分、正しかったかもしれない自分、自分、自分……。

(井村拓哉「こことそこ」)『上終歌会01』
 

 

 
Togetter「花水木の道があれより長くても短くても愛を告げられなかった」(『青蝉』吉川宏志)をめぐって
https://togetter.com/li/1453202

濱松哲朗「6のつく日に書く日記(30)」
https://note.com/symphonycogito/n/n6d7dbfae996d

第三滑走路(青松輝、丸田洋渡、森慎太郎)「花水木」についての会話
https://note.com/3kassoro/n/nf7c6992c9ae0

さちこ「花水木の歌の意味論」
https://note.com/shinabitanori/n/n62d6a77ba260

太田青磁「花水木の道の長さ(土岐友浩「リアリティの重心」を読んで)」
https://note.com/seijiota/n/n821cc209923d

飯田和馬によるアンケート
https://twitter.com/iida_kzm/status/1215132011033059328?s=20
https://twitter.com/iida_kzm/status/1215133434948882432?s=20

 

*1
文部科学省・国立教育改革研究所
「OECD 生徒の学習到達度調査2018年調査(PISA2018)のポイント」
https://www.nier.go.jp/kokusai/pisa/pdf/2018/01_point.pdf

 

この追記を書くために、お忙しいなかご協力をいただきました荻原裕幸氏、永田淳氏、松村由利子氏に厚くお礼を申し上げます。