これからの「欲望」の話をしよう

𠮷田恭大「運用と手順㉓」(「塔」2021年12月号 *1)、およびその中で言及されている藪内亮輔「多様化するリアリズムと、その先」(「現代詩手帖」2021年10月号)を何度となく読み返しながら、色々と考え込んでしまった。

例えば、2010年代の若手の作風を俯瞰して、藪内は次のように指摘する。

 

(…)解像度を落とした表現で、あくまで個人的なことを作歌する、自分の考えを押し付けない流れは、二〇一〇年代の新人の中でかなり強くなった印象だ。永井(祐)らの文体が切り開いた部分もあるが、個人主義の行き着いた社会の空気感もある。他者に対して「これは間違いではないですか」「こうするのはどうですか」「ダメならこれはどうですか」ではなくて、「私はこう思うよ、でもあなたはあなたでいいんじゃない?」としてしまう。個人の尊重でもあるが、関係性の放棄とも言えるのが難しい。
〈野ざらしで吹きっさらしの肺である戦って勝つために生まれた〉(服部真里子『行け広野へと』)、〈陽に透かす血のすじ どんな孤独にもぼくのことばで迎え撃つだけ〉(井上法子)に見られるヒロイズムが賞賛を浴びるのも、その文脈で読めるからかもしれない。誰がなんと言おうと私はこうだ(ヒロイズム)、私には何も変えられないから言葉にして悼む(祈り)、これは他者への関わりによる相互変化を、ある意味で諦めるということだ。笹井を端緒として、服部、井上、平岡直子など、ヒロイズムまたは祈りを感じさせる、言葉の信奉者的な歌人が出始めている。しかし「言葉派」への批評がうまく追いついていないのが現状で、短歌は早急に(各世代の歌人を巻き込む形で)批評のコンセンサスを構築すべきだ。リアリズム的な読みというコードしかないことは、短歌における大問題である。(…)
(藪内亮輔「多様化するリアリズムと、その先」「現代詩手帖」2021年10月号)

 

28字×148行という限られた字数の中で2010年代の短歌の動向を、歴史を踏まえつつ詳述しているから、やや早口な印象はある程度仕方ないものかもしれない。ただ、それを踏まえた上でも、しれっと登場する「言葉派」が示す矛先が見えにくい。素直に読めば、直前の「ヒロイズムまたは祈りを感じさせる、言葉の信奉者的な歌人」とイコールであり、笹井宏之、服部真里子、井上法子、平岡直子の四名を指すのだろう。しかし、藪内はヒロイズムと祈りに含まれる「他者への関わりによる相互変化を、ある意味で諦める」態度が、前段落で述べた「関係性の放棄とも言える」ものの突出した一例として引き出されていることも見逃せない。

つまり、そもそもの前提として「個人主義の行き着いた社会の空気感」があり、それゆえの「関係性の放棄」の一例として「ヒロイズムまたは祈りを感じさせる、言葉の信奉者的な歌人」すなわち「言葉派」が存在している、というのが藪内の論理であり、言い換えれば「関係性の放棄」は「言葉派」に限った問題ではないということである。𠮷田の時評では「「言葉派」の作風は相手との関係性を放棄している、他者に対して積極的ではない、とまで言ってしまえるのかは少し疑問が残る」という指摘があったが、これでは藪内の認識と順序が逆転してしまっている。

ただ、ここで𠮷田のミスリードを責めるつもりはあまりない。何故なら筆者自身、藪内の示した「言葉派」の射程を最初盛大に勘違いして読んだからだ。

筆者のミスリードの詳細を書き出すと、次のようになる。「個人主義の行き着いた社会の空気感」や「関係性の放棄」が「言葉の信奉者的な歌人」の出現要因となっているのであれば、その手前で述べられた「解像度を落とした表現で、あくまで個人的なことを作歌する、自分の考えを押し付けない流れ」に属する歌人――永井祐や宇都宮敦、阿波野巧也による口語リアリズムの作品や文体も「言葉派」の一例ということになるのだろうか。なるほど、言葉の操作を多分に含んだ動向であるから、結局は近年の新しいリアリズムの動向も「言葉派」ではないか、なんだ2010年代は「言葉派」の躍進だったのか――。

これでは、概念が概念として機能していない。「リアリズム志向に対する新しい潮流として藪内は、「言葉派」を提示する」、「「言葉派」については、これまでの用法で言うと「人生派」、私小説的に自己の感情を詠嘆するスタンダードな読み筋、の暫定的な対立項として使われることが多い(逆に言うと、風呂敷が大きすぎて明確な対象のある議論には向かない)印象があった」と𠮷田が書いているのを読んで、やっと自分の読みの大風呂敷具合に気づいたくらいである。

だが、藪内の論は最終的に、リアリズムの表現すら多様化している現在において、読みのコードとしては依然として旧来的なリアリズムが支配的である点を問題視している。すると、先の引用の末尾で「言葉派」への批評が追いついていない現状を「リアリズム的な読みというコードしかない」と短く書いてしまった藪内の文の問題も見えてくる。永井祐などに言及した後で「リアリズム」を語るのであれば、やはりここでは近代的リアリズムとか、従来的なリアリズムとして区別しておかないと、この文章がこの後で言及する「多様化するリアリズム」を掬い取れなくなってしまう。

それに、𠮷田恭大自身が、リアリズムに含まれる「言葉派」的な側面に非常に自覚的な歌人であることも忘れてはならない。𠮷田の時評が藪内の論考をやや懐疑的に見ているのは、それこそ「言葉派」「人生派」として分断された時にリアリズムの多様性が無かったことにされることを危惧してのことではないか。「ただ私は、自分では「アララギ」をやっているつもりなので、割と写生のつもりで歌を作ってはいるのですが」(「短歌研究」2021年7月号)という𠮷田の発言を思い出しても良いだろう。

かつて岡井隆は『現代短歌入門』(大和書房・1974年6月→講談社学術文庫・1997年1月)の中で次のように書いた(この本は現代短歌にある種の呪いをかけているとも言えるので、積極的な引用は控えたいのだが――)。

 

 わたしの考えでは、元来この「事実に即して歌う」という方法は、見かけほど大衆的なやさしい道ではなかったのです。それは青年期にさまざまの方法的実験を重ね迷いに迷いぬいた少数のエリートたちだけに通用する、すぐれて個性的な方法だったのではないかと思うのです。ごく平凡な日常茶飯事や、ありふれた自然の一木一草のたたずまいのうちから、熟達した技法と磨ぎすました感性によって詩を発見し、しかもそれを三十一文字の定型のうちに表現することは、思うだに難事業であります。
(岡井隆『現代短歌入門』「第11章 私文学としての短歌」)

 

ここに含まれるある種の特権意識を筆者はまるで好まないが、技術の習得や文体の確立が「やさしい道」でないことには同意する。個人主義をもう少しポジティブに、個々人の技術的深化によって多様性が担保された状態と捉えることも可能だろうし、そうなる未来を筆者は望みたい。どの種類の技術を習得したか、どの道を通ってここまで来たかという経路の正統性だけで評価が決まってしまう世の中は、間違っているし腐り切っている。きっと同様のことを、藪内は件の論の末尾で「新しいものを受け入れ、リアリズム以外の読みのコードを定式化することが、短歌にとって急務となろう」という形で示しているし、𠮷田も次のように書いている。

 

(…)実際に私は解釈共同体をあまり信用していないけれども、解釈共同体が不要だとは思わない。解釈共同体がある種のステロタイプな読み筋に収束してしまいがちなのも、世代間の意識の差を含めて致し方ない、だからこそ異を唱え、問題提起をし続けなければならない、とも思っている。
所詮、読者としてのわたしたちは、自分の想像力の範疇でしか共感やリアリティを語れないことを、私は歌会で、紙面で、新人賞の選考で、否応なく体感させられていて、それでも各々は、分かりあえないことを前提に、それぞれのやり方で旗を掲げながら短歌に薄く関わっていくしかないのではないか。別に積極的にコミットしなくても、いくつかの作者と作品は多く言及され、引用されていくうち世代や属性の代表歌となり、勝手に共同体に寄与していくだろう。(…)
(𠮷田恭大「運用と手順㉓」「塔」2021年12月号)

 

 

旗を掲げる、という𠮷田の表現にふと胸を突かれた。旗を掲げられるだけの矜持と強かさが、果たして自分にはあるのだろうか。無論、旗を掲げなければ「なかったこと」にされてしまうのはゆるせないし、誰もが進んでみずから旗を手にしたとも思ってはいない。自分だけの力でそこに立つために、やむなく旗を手にした者もいるだろう。

井上法子が掲げる旗は、筆者にはまさにそうした、やむなく自分自身のために掲げた旗のように思える。

 

(…)半年間、浴びるようにうたの世界の書物を手にして強く感じたのは、どうしてうたの世界のひとびとは、こんなにもおのれをかたりたがるのだろう? という疑問でした。手に取ったもののほとんどが「自分史」のようで、そうではないものは、そうではない、ということを、ことさらに強調せねばならないような状況に、はて、とおもったのです。日記をつける習慣はありますが、それは他者と共有したり、明け渡したりするものではないと感じています。わたしは私的なものごとを詠わない、と書くと、覚悟や度胸が足りない、といったご指摘を受けることもままあるのですが、世界には、わたくしごとよりも、もっと強く胸に迫るうつくしいものごとが多すぎるのです。(…)
なぜかしら、うたの世界は、つどう機会が多く設けられています。わたしはどうしても、発話がこわい。生身においてなされるそれが、肉の声が、世界を、作品やことばそのものを、侵しているように思えてならないときがあります。
ことばだけの透明な存在になりたいのです。これは甘えでしょうか。贅沢な望みでしょうか。
(井上法子「たましいのディメンションについて」「短歌」2020年11月号)

 

発表当時から話題となった井上の文章を読んだ時、筆者が感じたのは、こうした文章を通じて旗を掲げなければ受け入れてくれない「解釈共同体」とやらの図太さと図々しさへの強い苛立ちであった。ここまで言わなければ、書かなければ、気づくきっかけにもならないのか、という諦めだった。以前、東郷雄二が井上の『永遠でないほうの火』(書肆侃侃房・2016年6月)を自身のホームページ「橄欖追放」上で取り上げた際(*2)、「このような歌を近代短歌のOSで読み解こうとしても無理である」と言いながら読んでいたのが、井上が現代詩の書き手であると知ると途端に「現代詩だから「言葉先行」なのは当然と言えよう」と瞬時に態度を変えつつ、一方では歌壇で「瑕疵」があると見なされるのであれば言葉を鍛えるために「前衛俳句を読んでみるのもよいかもしれない」などとアドバイスしているのを見て、非常にもやもやしたことがあった。「うたの世界」からはやや距離のある東郷でさえこうなのだ(とは言え最近は「短歌」で時評を書いていたが)。みずからの旗を掲げ続けていなければ、この悪しき「解釈共同体」においてはすぐに足を取られ、心を八つ裂きにされてしまうだろう。

先に引いた時評の中で𠮷田恭大は、井上のストイックさを評価する一方で「作者のスタンスとして繰り返し「反=人生派」であることを自ら明示することでしか、言葉だけの独立した存在になり得ない(あるいは、「言葉だけの透明な存在である」と作者が自らの属性を宣言することによって読者がその作品を「言葉派」として読むようになる)としたら、それはそれで不毛というか、うたのことばとはまた別のところでたましいを使役してしまうのではないだろうか」と疑問を投げかけているが、筆者には、井上の文章が単なる自己言及であるとはとても思えない。恐らく井上は、自分と同じような苦しさに直面している書き手が自分以外にもこの世界にどこかにいることを直感的に知っている。井上の掲げる旗の背後に筆者は、見知らぬ誰か、まだ見ぬ誰かとの強い連帯を、豊穣の未来への希求を強く感じるのである。

 

 

ところで、先日『meal』(現代短歌社・2021年12月)が出たところで前作の『温泉』(現代短歌社・2018年8月)とともに山下翔作品と一気に向き合う日を個人的に設けたのだが、このコラムのことを頭の片隅で考えながら読んだため、やや意地悪い気分になった。

これを具体的にもっと意地悪く言うと、「山下翔を「人生派」の若手の筆頭だと思って安心したがっている人って、結構多いんだろうなあ」という感想になる。旧仮名を用い、文語と口語を自在に行き来しながら個性ある文体を作り出している山下作品は、その文体ゆえにそれこそ「近代短歌のOS」をそのまま当てはめてしまう不運の中にあると言えるのではないか。

実際、大松達知が「詩客」の時評(*3)で『meal』冒頭を読みながら「近代短歌的な良さを現代に復刻しようとしているのかもしれない」と感じていたらしいから、筆者の危惧はあながち外れというわけでもないようだ。だが、そうした近似はあくまで文体の上での話である(これは影響というよりもサンプリングと言った方が適切だろう)。だからこそ、〈きみが手にからだあづけて眠りゐるみどりごあはき今朝のはつゆき〉の「きみ」が結婚して父親になった友人であると分かった時、大松は「ただ、やっぱりミスリーディングだよなあ、とも思う」「この1首目が単独で読まれたとき、多くの人はどう読むのか。やはり短歌は背景知識がなければきちんと読めないのか」と、誤読を開き直ってしまうし、「今後、作者のプライベート面の研究が進んでゆくと、なにかわかることがあるかもしれない」などと書いてしまう。薄々自分の読みが外れていることに気づいた上で文章が書かれている辺りも解せない(そういう「役回り」を演じたいのかもしれないが)。

大松が経験したような「ミスリーディング」を、山下が予測しつつ作品上で自己演出しているのかというと、そうではないように思う。むしろ山下作品における詩の出発点は、「ミスリーディング」が「ミスリーディング」である限りにおいて力を発揮し続けるであろうマジョリティ的価値観から遠く離れた地点にあると言って良い。それはたしかにある一人の人生であるかもしれないが、より個人主義的であり、近代短歌的なリアリズムとも「人生」観とも距離がある。

そういえば筆者はかつて、『温泉』の栞文で島田幸典が「この歌集で最も輪郭濃く描かれた登場人物は、お母さんである」「煙草も酒も飲めば、パチンコ屋に通い詰めもする。記憶に深く刻みこまれた、母のいる一つ一つの場面を丁寧に拾いだし、大事に歌にしている」と指摘しているのを読んだ際にも、かなり驚いたことがある。筆者はむしろ、「母」という人物に対する客観視の材料は読者側にはついぞ与えられなかった、という風に読んでいたからだ。

これは『meal』に至っても変わらないことだが、「母」に限らず山下の歌に登場する人物(=他者)というものは、徹頭徹尾作中の〈私〉の記憶や主観に依拠した描写によって提示されている。一人称的な作品なのだから当然と言えばそうなのだが、山下作品から読み取れる記憶は、筆者にはそれこそ温泉の湯気の向こうにあるかのようにぼやけて見えるし、孤独に充足しつつも人恋しがる〈私〉のアンビバレントな感情は、その振れ幅とともに主観性を増しているように見える。しかも、連作や歌集を通じてそうした感情の揺れや記憶の再起がモティーフとして作中で繰り返されてはいるが、それらは首尾一貫とした主体や客観的描写を目指すわけではなく、あくまで気まぐれに増幅したり収束したりする。直感的な物言いになってしまうが、『温泉』と『meal』という二冊の歌集は、小説でいうところのオートフィクションに近い成り立ちをしているのではないか、そうであるならば、みんなもっと気をつけて読んだ方が良いのかもしれない――、というのが今現在の筆者の感想だ。

感想なんて、読解なんて、所詮は読者側の、あるいは読者同士における欲望の産物でしかないのかもしれない。あるいは作者が自立するために旗を掲げるのも、欲望の顕在化でしかないのかもしれない。だが、言葉とはある意味では欲望を含んだ運動体である。矛盾や振れ幅を含んだ動的な構造である。数多の旗が立ち並ぶ姿を、解放の象徴と取るか、白々しい平和と取るかは、それこそこれからのわたしたちの行い次第であるように思う。

 

 

(*1)Web公開版はこちら

(*2)東郷雄二「橄欖追放」2016年6月19日付「第188回 井上法子『永遠でないほうの火』」

(*3)大松達知「「詩客」短歌時評」2022年2月15日付「短歌時評173回 「きみ」は誰だ? 『meal』冒頭の5首について。」