藤原 龍一郎


讃め歌の国の中をのみ嘆きは歩くことを許される

 「短歌は文学である」、あるいは「文学としての短歌」というと、もはや時代遅れのように思われてしまうのであろうか。

 私が現代短歌といわれるジャンルに出会ったのは、1971年に中井英夫の『黒衣の短歌史』を読んだことによるのだが、その本の中に紹介されている塚本邦雄、寺山修司、春日井建といった歌人の作品は、私は当然のように「文学」として受けとめていた。

 

 学生だったので、表現意欲だけはあふれるほどにあったのだが、表現技術などなきに等しく、小説なのか評論なのか詩なのかその表現方法すらさたまっていないところに、「表現方法としての現代短歌」にやっと邂逅したという気持ちだった。

 

 その後、1972年はじめに「短歌人」に入会して、自分も短歌をつくるようになった。まさに五七五七七と指を折って文字数を数えながらの短歌実作入門だったのだが、その過程で、岡井隆、佐佐木幸綱、福島泰樹、三枝昂之、永田和宏、村木道彦、下村光男といった先人の作品を読み、大きな刺激を受けた。そして、自分もこのような「現代短歌」をつくりたいと強く思った。

 

それまで、書店に行っても、歌集というもの自体が目に入っていなかったのだが、やはり、前記の歌人たちの活動が活発になっていた時期でもあり、意識的に歌集を探すようになると、幸運な出会いにたて続けに恵まれた。

 

 青春のいまありてなき忘れ霜サキとうちむらさきを愛して  塚本邦雄『星餐図』

 かくれんぼの鬼とかれざるまま老いて誰をさがしにくる村祭 寺山修司『田園に死す』

 廃品のくるまの山へ血紅の花束を投ぐジェームス・ディーン忌 

春日井建『行け帰ることなく』

 

塚本邦雄の『星餐図』と風土社版の『寺山修司全歌集』は新刊書店の棚でみつけた。白玉書房版の『塚本邦雄歌集』は早稲田通りの古書店文献書院で購入した。ちなみに古書価格が一九七二年で8千円した。深夜叢書社版の春日井建の歌集『未成年/行け帰ることなく』も別の古書店で買うことができた。

 考えてみれば1970年代の前半は現代短歌の名歌集が次々に刊行されて、私のような文学青年が現代短歌にふれる機会がさまざまにあったといえる。三一書房から現代短歌大系が刊行され始めたし、同じような時期に反措定叢書から伊藤一彦の『瞑鳥記』、三枝昂之の『やさしき志士たちの世界へ』等々、ぐみ(漢字です)叢書からは村木道彦の『天唇』、永田和宏の『メビウスの地平』が刊行された。さらに角川書店から高野公彦の『汽水の光』を初めとする新鋭歌人叢書がスタートする。

 

こういう同時代の歌人たちの歌集を読み続けることで、さまざまにゆれながらも、自分もまた「自己表現の方法」として「現代短歌」を選び取るのだとの意志が形成されたのだと思う。どのような作品に魅かれたかは、現在の私の短歌観にも通じることなので、今でも記憶しているものを引用しておく。

 

炎昼を黒い帽子のいもうとよ刺しさ殺むも産みのこさざれ  伊藤一彦『瞑鳥記』

 檄文にちかき言葉を書きつのる冬の真昼の樫よりかたく  三枝昂之『やさしき志士たちの世界へ』

 フランシーヌのようにひとりであるけれどさらにひとりになりたくて なつ  村木道彦『天唇』

 喫茶<オルフェ>冥府のごとき炎天とうす墨硝子一重を隔つ  永田和宏『メビウスの夏』

 あきかぜの中のきりんを見て立てばああ我といふ暗きかたまり  高野公彦『汽水の光』

 

 いかにも1970年代という時代状況が内包している鬱屈した暗い情熱が感じられると今になれば思うが、テーマ、リズム、レトリックといった短歌の根本的な要素も、これらの作品はきちんと備えていることに、改めて気づく。系譜的には前衛短歌の流れということになるのであろうが、どの歌の根底にも「短歌は文学である」という歌人の意識はまぎれもなく、自分は「文学としての短歌」を意識的に選択しているとの決意がある。

 

 でながながとマクラをふってみせたのは、初めて「現代短歌」に出会った時の思いは何十年たっても根底はかわらないものだ、との言い訳でもあり自己確認でもある。動体視力の効いた時評にはなりそうもないことも、あらかじめお断りしておく。で、そんな思いをもった私が、昨年読んだ歌集の中で、一言なにか言ってみたいと思ったのが、山下泉歌集『海の額と夜の頬』である。

 

 物語に血の筋まじる夜ふけなりダフネ・デュ・モーリアはきっと黒髪

 黄砂から円い春夜へうつるころガストン・ルルーに腕をとられて

 ナウシカの甘い瑪瑙の耳飾り慄(ふる)えていたね離陸するとき

 脳髄のさみしいところにねむりたり中将姫の機の音見ゆ

 辰野金吾の駅舎を見んと乗り継げば海へ海へと運ばれてゆく

 

 一首の中に出てくる固有名詞が好きなのだろうと言われれば、確かにそうかもしれないが、そういう特定の名詞を歌の中に取り込んでくるこの歌人の感覚に私が共鳴しているということでもある。美意識や対象との距離の取り方への相似もあるかもしれないし、もっと単純に、こんなふうに短歌を詠めるのかという驚きもある。これらが「文学としての短歌」なのかと問われれば、そうだと私は答える。少なくとも、私がイメージしている文学性をこの歌人は持っている。言葉によって個性にみちた世界を創造しようとする強い意志を持っている。そういうことである。

 

 「文学」なのか「文学的」なのか「文学趣味」なのか、皮肉な視点を持てば、いかようにも揚げ足をとることはできようが、自分の選択した言葉に、短歌ならではの韻律と形式美を与えることは、やはり、文学の行為であると思う。

 たとえば一首目の「ダフネ・デュ・モーリア」や五首目の「辰野金吾」という人名、この人名に対する知識がなければ、これらの歌は感受できない。そういう読者を歌人は自作の読者対象とはしていない。読者がこれらの歌を受けとめたければ、知らない言葉を調べるべきなのである。古典和歌を読んでいて、知らない言葉が出てきたら、古語辞典を引くのは当然だろう。現代短歌だから、固有名詞だから、とりわけ人名だから、歌に注記を付すべきだなどという愚論を私は唾棄する。山下泉もそう思っているはずだ。

 

 ディレッタントの衒学趣味に過ぎないとの批判も当たっていない。「ダフネ・デュ・モーリア」も「辰野金吾」も、その人名の情報や歌の意味だけでなく、韻律や文字面での聴覚的、視覚的な効果も作者は計算しているように私には読める。もちろん私自身も、歌人・山下泉に関しては、「塔」所属の歌人であり、この歌集が二〇〇五年に刊行された『光の引用』に続く第二歌集にあたるということ、この歌集は、それ以後、二〇一二年三月までの作品を収録したという、あとがきに書かれている情報以上のことは知らない。

 

二〇一二年八月二日の日付が記されたあとがきの一部を以下に引用する。

 

 「遠近を問わず、この七年間には、多くの人を見送ったという思いがあります。無力感に言葉を失いそうになりますが、そんな時ふっと口を衝いて出てくるのもまた、慣れ親しんだ先人の歌や詩の一節であることに改めて驚かされます。

 「讃め歌の国の中をのみ嘆きは歩くことを許される。」と書いたのは詩人リルケですが(『オルフォイスに寄せるソネット』高安国世訳)、現代における讃め歌とはどのようなものか、などと考えながら、これからも拙い歩みを続けていきたいと思います。」

 

 この歳月には東日本大震災とそれに続く東京電力福島原子力発電所の事故による大きな災厄も起こっている。あえて文字にされてはいないが、その災厄を引き受ける精神的な覚悟もまた読み取ることはできよう。災厄を歌に詠まない歌人の選択が、この歌集を構成する裏側の要素になっているといってもよい。「讃め歌の国の中をのみ嘆きは歩くことを許される。」とは「紅旗征戎非吾事」正反対のベクトルであることは言うまでもない。

 

 サンダルをはいて出ずれば夜は優し夜の大きな頬に入りゆく

 貝寄せの風にととのう砂浜の海の額をつつしみ踏めり

 ゆびさきにひらめく春にふれてゆく菜の花、ミモザ、リルケの碑名

 文体零度がどこにあるかという問いは難攻不落・質実剛健

 うつくしい歌集のとどく夕暮を恩寵として旅装をほどく

 

 歌集のタイトルとなった「夜の頬」、「海の額」というフレーズの詠みこまれた歌、そしてリルケが詠まれた歌、また、作者の密かな志や美学が読み取れる歌を引いてみた。私はこういう作品を読むと、短歌の奥深さ、豊かさを感じる。短歌の読者であることの喜びを実感する。

 

 二〇一二年に出版された歌集には、東日本大震災、原子力発電所の事故を主題とした作品が、さまざまな立場から詠まれた歌が収録されていた。それらは現実の前に如何に言葉が無力化と言うことを前提としながら、それでもなお、短歌は何を詠うのかとの苦闘の証明であった。心ある歌人は表現者として、現実の悲惨と激しく格闘した。そして、今までの短歌の表現領域を超えた作品も実現した。それらの作品はきちんとした評価をされるべきである。しかし、その最中に別の方法論によって構成された意志的な歌集が刊行されたことも、見落とされるべきではない。

 

ジャムの匂いに小さく動く心あり旅行鞄の闇にかがめば 

細密なひかりを浴びているのだろう子供の声のなかの地下鉄

 柿の木に薄い縞目の影さして雪くるときにまたたくひかり

 街灯があかるいからいいと門灯をつけなくなった母の涼しさ

 物の名は遥かな暗喩とおもうとき月の生身はこなごなになる

 

 闇や光やそれを反射する月の歌。闇と光という原初的な要素が、詩的濃度がきわめて高く、短歌に定着されているところに、この歌人の強烈な詩の熱度と真似のできない絶妙な技量を見る。すでに「週刊読書人」で福間健二が、歌誌「熾」で高橋睦郎がこの歌集を高く評価しているが、すぐれた歌集に正当な評価がもたらされることを私は期待している。

最後にもう一度リルケの言葉を。「讃め歌の国の中をのみ嘆きは歩くことを許される。」