藤原 龍一郎


短章いくつか

『やまびこまつり』について

 森田廣著『やまびこまつり』(霧工房刊)を刺激と共感をおぼえつつ読了した。

森田廣は島根県安来市在住の俳人であり、画家でもある。臼田亞浪にルーツをもつ俳句誌「地帯」の主幹を20年間つとめ、2010年に同誌を終刊にした。その20年間に同誌に書き溜めた、俳論、句集評、編集後記を選択し編集した一巻である。著者自身はあとがきで次のように述べている。

 

「思考の土壌が体系性をもたない言わば耳学問の域を出ていないことによってもいよう。(この断想集のタイトルを『やまびこまつり』とした理由の一つでもある。)が、たぶん、つねに混沌(カオス)を生きているという感覚があることにもよっている。」

 

 私がなによりこの本を読んで共鳴したのは、徹底して文学としての俳句を希求し続けているその真摯な姿勢である。臼田亞浪は俳句誌「石楠」の主宰して、アンチ「ホトトギス」の俳句観を提唱した、いわば、俳壇の傍系的存在であった。この傍系の地方俳句誌という、きわめてマイナー(?)な存在でありながら、ゆるぎのない芸術観、文学観をもって、「地帯」の仲間を鼓舞し続けたその志には敬服せざるをえない。

 たとえば次のような言葉は、同じ短詩型に拠っているいる者として、時に鼓舞され、また時に耳が痛いことでもある。

 

「日常では、出来るだけ自然に生き、自然のままを呼吸したい。が、美術に限らず表現が生動するのは、自然の解体(対象の変容)による再生(創造)が果たされた場合である。時に子供心、常識では馬鹿げていると思われる突拍子もない発想も大切だ。その自由な想像力の生きる場では、逆に抑制という課題が待っている。」

「自由な発想と抑制」

「俳句が「もの」を重視することから、とかく視界が些末的になり易い。表現者として内面に遠くを見る視座があるべきなのは言うまでもない。遠くを見るとは、見えないもの、異界なるかなたを見、永遠なるものを見ようとする詩魂の働きである。」

「うたがきこえる」

「最近俳句は世界に誇り得る形式だという声がしきりだ。が、何か後ろ向きに居直った感じがして仕方がない。俳壇ジャーナリズムも大衆を日常に埋没させることに専念しているようだ。俳句の方法についての考察もさることながら、根底に言葉がやどす無限なものへの思いを据えたい。」

「言葉の宇宙」

 

「良質の作者は、たぶん、良質の読者であるだろう。他者の作品に対してだけでなく、自作についても客体化した読みができるか、どうか。詩の在りどころに垂鉛を届かせるには、つねに言葉への参入を深める努力が要るだろう。例えば、語句一つにも辞書の解説に止まらない作者の内面の反映がある。奥行きのあるやさしさとはそれを感じることでもある。」

「読みという錘鉛」

 

 こういっては失礼かもしれないが、地方の俳誌にこういった文学の、表現の本質論を書き続けることに、きわめて困難だったのではないかと思う。自分が表現方法として選択した俳句という詩形を信頼し、しかも、それを選択した自分自身に、不断の問いかけを続けてきたからこそ、この貴重な思考が持続できたのであろうと思われる。俳句や短歌において、おけいこ事的な安易さに流れず、つねに文学としての誇りをもち続けることの必要性を、あらためて思い起こさせてくれる一巻だった。

 

 

『河岸段丘』について

 現代短歌社から第1歌集文庫というシリースが始まっている。すでに、来嶋靖生『月』、伊藤一彦『瞑鳥記』、高野公彦『汽水の光』、時田則雄『北方論』等々、今まではなかなか読む機会のなかった第1歌集が、文庫サイズで刊行され、手軽によむことができるようになった。このシリーズの特色は、第一歌集を序文や跋文やあとがきを含めて忠実に再現し、さらに、現在の視点から見た解説を付していることだ。たとえば、『瞑鳥記』には大口玲子、『汽水の光』には木畑紀子といったように、作者と同一結社の後輩にあたる歌人が、懇切な解説を書いている。

 で、このシリーズの新刊として御供平佶歌集『河岸段丘』が刊行された。作者自身の後記によると、「この集は昭和三十八年十月から四十七年十二月まで、私の十九歳から二十八歳までの五百三十九首を収録した」歌集ということである。この歌集の内容はもちろん良いのだが、黒瀬珂瀾氏の解説がとても良い。黒瀬珂瀾氏は「未来」所属であり、はじめは違和感を感じたが、所属結社など関係なく、この歌集を読むための、素晴しいガイドとなる文章である。一節を引用する。

「若くして国鉄に奉職し、雑務手から連結手、そして鉄道公安官を務めた作者の履歴は、後書きなどにも明瞭に記されているが、その履歴はより活き活きと、作品中に刻み込まれている。労働の現場を通じて、「青年の生」を照射したビルドゥングスロマン(自己形成文学)的な歌集といえるだろう。」

 このヴィルドゥングスロマンという指摘は、この歌集の魅力をもっとも正確にとらえている。そして、こういう魅力は昨今の歌集にはあまりみかけないものでもある。

 

・作業衣のボタンかけつつ下る階横ざまの雨はねて音立つ

・「二十番線」復唱叫びて添乗す放たれし十二両スピードを増す

・念願のかなひて駅につとめ出すわれかもひとり痰壺あらふ

・電車遅れしこと罵りて今掃きしばかりのホームに唾吐きてゆく

・新しき職場となりて厚き板筆ふとぶとと鉄道公安機動隊

・真夜中をおらびて去らぬデモ三千去るまでつづく対峙の時間

・喚声に吾らをののしり挑発すこのこゑにわが兄もをるべし

・あらはにも罵る立場ののしらるる立場も国鉄に縋る生きざま

 

 こういった労働現場を詠った歌に、つねにある内省の視点は、確かに自己形成文学としての表現を自立させている。写生的な物象と心理的表現とのバランすも巧くとれている。また、後半の鉄道公安官となってからの歌を貫く緊張感は、今読んでもじゅうぶんに追体験できる。

 もう一度、黒瀬珂瀾の解説を引用する。

「そしてあと一点、強調しておきたいのは、本歌集の底に静かに流れる、相聞の響きだ。妻となる女性との出会い、恋愛、結婚、家庭が描かれているが、その折々の歌は実に清々しく、慎ましい。短歌の良質な部分を美しく浮かび上げていると同時に、その時代の生活環をも豊かに再現している。」

 こういった歌がその実例になるだろう。

 

・吹きつくる砂のあらしの中にしてはじめて君の肩を抱きぬ

・海のこと山のことなどとりとめなし能登の汝なり群馬の吾なり

・ちかぢかと唇寄せしとき窓の下砂利踏む音にためらひにけり

・白粉のなじまぬ固きたなごころ指輪はめむとわが手にとりぬ

・ミシン仕事けふを休みし君が手に受くる吾らのちぎりの盃

・一人寝てひとり覚むれば出でてゆく非番の妻にメモを残して

 

 日活の青春映画を思わせる、初々しさにみちた清潔な相聞の姿である。こういう恋の姿も、短歌という表現形式はあざやかに伝えてくれる。

 「本歌集は時代を越えて読み継がれるべき一冊である。そして特に、短歌初学の若い人に読んでもらいたいと思う。時代を隔てて変わるもの、変わらないもの、それらをヴィヴィッドに描く感性は、いつの時代も若者を魅了するからだ。」

 これが黒瀬珂瀾の解説の結びである。すぐれた歌集に、もっともふさわしい解説がついて、リニューアルされたことに、私もうれしさを感じる。黒瀬氏のように、若い歌人に影響力のある歌人が、このようなかたちで、啓蒙的な仕事をしてくれることは、貴重で有益なことだと思う。

 また、このようなかたちで、今は手にはいりにくい歌集を再刊してくれることは、現在の読者にとっては、とてもありがたいことである。おおかたの歌人の第一歌集と言えば自費出版であり、せいぜい300部から500部しかつくられていない。そしてその大半が贈呈なのだから、古書市場においても、こういった歌集を発見することは困難である。こういった歌集はいわば現代短歌の埋蔵金なのである。今回の『河岸段丘』はその埋蔵金の理想的なかたちでの発掘なのだと思う。砂子屋書房の現代短歌文庫も第一歌集はほぼ完本で収録されているので、第1歌集文庫は後発のシリーズとして、巧く棲み分けるかたちで、まだまだ眠っている埋蔵金の発掘を意欲的に実行していただきたい。

 

 

歌集「平成大震災」について

 秋葉四郎氏の編集により、「歩道」同人のアンソロジー『平成大震災』(いりの舎刊)が刊行された。これは平成二十三年三月十一日の東日本大震災の勃発以後、「歩道」誌上に掲載された震災に関連する歌を集大成したもの。内容は二部構成で、第一部は「詠ひ残す」と題し、短歌作品を作者の居住地域別にまとめている。第二部は「書き残す」と題し、十人の方たちの震災当日とそれ以後の苦難の体験記が掲載されている。

 東日本大震災以降、結社誌も短歌専門誌も、数多くの震災にかかわる短歌や文章を掲載し、歌人たちによる座談会やパネルディスカッション等もさまざまにおこなわれた。その

延長として、このアンソロジーの刊行もあるわけだが、この本を通読して、今さらながら、もっとも強く思ったのは、短歌結社は表現者の集団なのだということであった。

 災害に対峙して言葉が何をできるのか、という問いはこの二年間、繰り返し討論しつづけられたし、それぞれの歌人も自分の短歌に向かう姿勢を問い直さずにはいられなかったはずである。しかし、最終的なしかも普遍的な結論として、表現者は自分の選び取った表現方法で、表現行為をおこなうことこそが必要なのだ。それをこのアンソロジーに参加した方たちの短歌と文章はあらためて思い起こさせてくれる。

 

・眼下に流れし浜が見ゆるらん見る気力なくヘリに乗りゐき    中村とき

・チェーンなどみな断ち切られ船といふ船撲ち合へり港のなかに  渡辺 謙

・仙台の映れば避難の人混みに連絡取れぬ姪らを探す       草葉玲子

・呆然と瓦礫の前に立つわれは自衛隊員より敬礼を受く      大貫孝子

・放射能の風評被害は若きらの結婚にまで差し障るなり      佐藤文子

 

 一首目の作者の中村とき氏は、岩手県在住の九十一歳。この作品をはじめとする二十五首の短歌のほか、「大津波」と題する11ページにおよぶ体験記が第二部「書き残す」に採録されている。一節を引用してみる。

 「孫の夫も実家が天井まで浸水し、それを手伝う合間にわが家のがれきや畳など出してくれた。中二と小五にあがる女児を連れて。私はこの災害が子供達の目にどのようにうつるであろうかと思ったが、曾孫達は元気に動き大きい瓦礫を取去ったあとから、目敏く大事なものなど見つけてくれた。釜石から何度も通ううち雪の降る日もあった。海岸特有の春雪である。この雪が降ると浜に春がくるというドカ雪であるが、瓦礫の山を埋めるように視界なく降る雪は心もとざすように思われた。帰り路、釜石の街通りに紅梅が咲いていた。降る雪をすかして見る紅梅は美しく心をなごませたが、現実はきびしくガソリンを買う車が列をなし延々と続いていた。」

 こういった文章は個人の体験として記録的な意味があると同時に、自立した表現としての価値もあると私は思う。短歌結社は単なる趣味の集団ではなく、表現者の集団なのであり、その表現の力はたとえば東日本大震災という危機に際して、確かに発揮されているとこの『平成大震災』一巻は教えてくれる。