前田康子


うさぎの頭ぐいと持ち上げスポイドの薬液垂らす口の裂け目に

土肥朋子『涼しいうさぎ』(2013)

 

ネザーランドドワーフという種類のうさぎを最近飼い始めた。生後一か月のときにペットショップから連れて帰ってきて毎日世話をしている。ペットの歌というのはたくさんあるが、名歌というものはあるだろうか。かわいい、愛おしいだけではありきたりの歌になってしまう。そう思いながら自分で作歌してみるがなかなか難しい。そして以前よりも他の人のペットの歌が気になり始めた。

 

この作者も、うさぎを飼っていて世話をしている場面を詠んでいる。病気の治療のためにうさぎにスポイドで薬をやっているところ。いやがるうさぎの頭をもちあげて薬液を飲ますのだが、結句の「裂け目に」というところがいい。うさぎの口はYの文字のようになっていてなかなか開いているところをみたことがない。あくびをするとき開いたがとても小さく、歯も舌もさらに小さかった。細い乾し草を食べるためにそんなに大きく開かなくてもいいのかもしれない。薬を飲むのをいやがり、口をあけないうさぎの口の裂け目から飲まそうとしている様子がリアルに伝わる。

 

耳の根まで冷えたる兎二回目の桃色シロップようやく飲みぬ

雨ののち秋のはじまる匂いして両耳静かにかさねるうさぎ

 

うさぎの耳を詠んだ歌を二首。うさぎは体はあたたかいのに耳は冷たい時がある。とてもひんやりとしていて、内側には毛がなく血管が走っているのが見える。一首目にはうさぎの耳に触れた感じがよく出ている。また二首目では眠ったりじっとしている時に二つの耳を重ねている様子がある。耳は自分で自由自在に動かすし、たてたまま眠るときもある。警戒心なくぼおっとしているときは耳が寝ていて重なっている時がある。やわらかな一首だ。

 

晩年に入りしか兎は降りてこず二階より小さき糞を落とせり

やんわりと抱きあげてみる肉の薄さ兎はとことんおじいさんなり

 

わたしが飼っているうさぎは10年前後生きるということだが、作者のうさぎはどうだったのだろう。この一首ではもう年をとってあまり以前のように元気に動き回らなくなった姿が見えてくる。二階というのはケージの中が二階建てのようになっているのだろう。そこに常にじっとすわり時々糞を落とすのだ。二首目にも老いた兎の抱いた感じが詠まれている。うさぎには毛がふさふさとあり気持ちいいが、そのすぐ下には骨があり心音のようなものが触ると伝わるときもある。触ることによりあらためて生き物であり生命というものを感じさせるが、幼いころから育てうさぎがあっという間に老いて、薄くなってしまった体へと変わっていく様子がここにもリアルにある。

 

畑中のたいらかな道の端っこに父が架けたる橋板わたる

さびしければ里の畑をおもうなり母のゆうがお父のまくわ瓜

 

うさぎを詠んだ歌以外にも、このようななつかしい歌も心に残った。どちらも素材がよくのどかな畑の風景が胸にひろがる。