松村 由利子


園児らの障害物競争を見つつゐてかかる時涙とどまりあへず 

   稲葉京子『忘れずあらむ』(2011年)

 

運動会の季節である。子どもたちが一所懸命走ったり踊ったりする姿を見るのは、本当に楽しい。

この歌では、「園児ら」の「ら」がポイントである。自分の子や孫だけではなく、子どもたちみんなを見ているまなざしがいい。高性能カメラのCMなどでは、自分の子どもを撮影しようと必死になる親の姿が描かれるが、ある年齢を越えると、知らない子どもたちであっても、何か一心に行う姿を見るだけで「涙とどまりあへず」という状態になってしまう。

「年を取ると涙もろくなる」と簡単に言うが、よくよく分析してみると、これほど人間らしい性情もない。共感能力が高くなり、ある出来事によって記憶の回路が刺激され、もろもろの感情がよみがえる。つまり、幼い子どもを見ると、自分が子育てをしていた頃、その当時の大変だったこと、しあわせだったことがよみがえるために感情が昂ぶるのだが、それだけではなく、人類愛とも言うべき大きな愛おしさが込みあげてくる。その大きな愛おしさは、年齢を重ねるごとに増大するような気がしてならない。

幾多の「障害」を乗り越えて子どもたちがゴールを目指す。それは何と、健気で愛らしい姿だろうか。どの子も大切である。何番でゴールインしようと、そんなことは些細なことだ。ただただ涙があふれてくる。

人間共通のこうした普遍的な感情を一首にした作者は、愛という感情のさまざまな様相を詠い続ける歌人である。