三井 修


ぷつぷつと突起のありてオルゴール春の夕べはひときはやさし

 木村雅子『夏つばき』(平成23年、短歌研究社)

 オルゴールの内部を覗くと金属の円筒の表面に多数の突起(ピン)が見える。これは「シリンダー・オルゴール」と呼ばれるタイプであり、もう一つ、突起の付いた円盤を用いる場合もある(「ディスク・オルゴール」)。どちらも原理は同じで、取り付けられたピンが長さの違う櫛状の金属板を押し上げ、弾くことで音が出る。長さの違う金属板の位置が精密に配置されているために、その音は音楽を奏でることになる。

ピンは突起であるから、そのものは危険であり、何か禍々しいものを連想させる。多くの武器は突起である。槍などは完全に突起そのものであり、砲弾なども先端が尖っていて、突起を思わせる。人は突起を見ると、時としてそれが自分の肉体を貫く想像をして、恐怖を感じる。しかし、オルゴールではその禍々しい突起が生み出すものが美しい旋律なのである。美しい旋律は人の心を癒す。

この一首には事物の持つ二面性が垣間見られる。危険と安寧と言ってしまえばあまりにも単純な図式かも知れないが、多くの事物は二面性を持っている。自動車は人類に利便性をもたらした代償として多くの事故犠牲者を生んできた。近年著しい発達を遂げた情報通信技術は、恐らく人類史上にあの産業革命にも匹敵するような変革をもたらしたと思うが、一方で、人と人が直接顔を見合わせてのみ得られるであろう心と心の温かい親和性を喪失してきた。しかし、だからと言って我々はもはや自動車やパソコンなしの生活には戻れない。戻れない以上は、失うものを最小限に制御しつつ、利便性を享受していくしかない。

優しい旋律を奏でるオルゴールの内部には禍々しい突起があるように、現代の我々の利便性に満ちた社会の見えない内部には、突起のような危険なものに満ちているのであろう。初句のP音も何か心に突き刺さるようだ。作者自身はそんなことを考えて作った作品ではないかも知れないが、そう思いながら鑑賞した。

地をゆらし朝の列車が駈けてくるしあはせしあはせ生きてゐること

午後四時の夏空覆ひ雪像のゼウスのごとき雲立ちてゐる

さみしいと言つてしまつて雪の野の白さざんくわに嗤われてゐる