三井 修


誰がために揚がる半旗かふくらんで刻々と風のかたちを示す

 服部真里子『行け広野へと』(2014年、本阿弥書店)

 「半旗」とは亡くなった人への弔意を表すために旗竿の上位より下に掲げた旗のことである。元々は船舶において弔意を表す際に、国旗に喪章を付ける習慣があったが、洋上では視認できにくいために、国旗を下に掲げる方法に変化したものが、いつのまにか洋上に限らず実施されるようになったものらしい。

 この一首、誰のためか判らないが半旗が掲げられているという。そこへ風が吹いてきて、旗を靡かせている。風そのものは目には見えない。我々が風を認識するのは体に受ける風圧、風が物体に当たって立てる音、そして靡きやすい物が靡いている状態を視認してである。靡きやすいもの、例えば木の葉、草、ベランダに干されている洗濯物、そして旗などである。特に洗濯物や旗などの布製のものは木の葉や草などに比べると大きく靡きやすい。我々はその布の靡き具合をみて、枷の強弱を判断する。強い風に時は大きく膨らみ、風の弱い時は小さく膨らむ。それは即ち風の形なのだ。

 作者は半旗によって人の死というこの世の欠落の一つを確認し、同時にその半旗の膨らみ具合で、風という目に見えないものの存在を確認している。欠落と存在、その相反する二つの物が作者の眼前にまざまざとそして交差しているのだ。そうやって作者は世界の深い所を見詰めていうのだ。

                 家路とは常に旅路でゆるやかに髪を束ねて川沿いうぃ行く

     木犀のひかる夕べよもういない父が私を鳥の名で呼ぶ

     ひとりひとつしんと真白き額もつあれは湖へゆく人の群れ