発音で出自が知れるイギリスの階級社会を強く憎めり

渡辺幸一『イギリス』(2013年・ながらみ書房)

 

ミュージカル「マイフェアレディ」のヒギンズ教授とイライザのやりとりを思い出した。言語学者が下町の娘に上流社会の言葉を教え込む物語である。階級社会は、戦前の日本にも色濃くあったのだろうが、時代の空気感を想像するのは、今の日本に住むわたしたちには難しい。同じように、EU離脱や移民問題やアメリカ大統領選挙の影響など、連日流れるニュースは新しい情報を伝えるが、現地の人が体感している感じは、なかなか解からない。

 

渡辺幸一は、イギリス国籍を取得してロンドンに住む。『イギリス』は、『霧降る国』『日の丸』につづく第3歌集である。幼児期にイギリスに渡り英語を母語として育った、『日の名残り』などで知られる小説家カズオ・イシグロとは違って、イギリスに住んで日本語の短歌をつくっている。内在する二つの言語や文化から思考する短歌作品は、現在の日本の短歌にとってたいへん貴重だ。

 

『イギリス』は、2005年のロンドン同時爆破事件後の、ロンドンの空気感が歯切れよい文体で率直に歌われている。あたらめて読んでいると、EU離脱にいたる過程の必然性が感じられた。『イギリス』は、現場の体感を想像させる。「階級」の壁が肌に接して強固にそびえたっている。

 

伝へむとして伝はらぬ底深き孤独に耐へて書くほかはなし

テロを恐れ電車に乗らず歩くなりテムズの寒き風を浴びつつ

通勤のバスに乗り込む有色人種カラードの中の一人のわれを意識す