陽炎に裏表ある確信を持ちてしずかに板の間に伏す

棚木恒寿『天の腕』(ながらみ書房:2006年)


(☜7月21日(金)「かすかに怖い (6)」より続く)

 

かすかに怖い (7)

 

暑さのなかにゆらゆらと立ち上がる陽炎。その陽炎には実は表と裏とがあるということを思いながら、ひんやりとした板の間に伏したままである――
 

陽炎には表と裏があるのであろうか。板状に広がるものがゆらめいて見えるが、実際には一定の空間なり層が陽炎を成しているのであろう。
 

しかし、掲出歌においては科学的にどうであるかは大事ではない。いままでぼんやりと認識していた陽炎というものに、私しか知っていないであろう確信を持つ、ということが大きい。
 

陽炎を知るとき、人から離れて陽炎のような超現象的な存在に一歩近づく。熱い地面の上にゆらめく陽炎を思うとき、冷えた板の間のうえに伏した自身の存在はなんとも危うい。
 

水田にふと油紋ある初夏を故ありて去るごとく歩みぬ

 

同じ歌集から引いた。「故ありて去る」ように初夏を歩く。こちらも、陽炎に裏表を見るかのような確信がある。
 

はっきりとは分からない、けれどもここを去らなければならないような気持ち――水田の油紋が陽炎のように揺らめく。
 
 

(☞次回、7月26日(水)「かすかに怖い (8)」へと続く)