きっと血のように栞を垂らしてるあなたに貸したままのあの本

兵庫ユカ『七月の心臓』(BookPark:2006年)


(☜7月28日(金)「かすかに怖い (9)」より続く)

 

かすかに怖い (10)

 

貸したまま、返ってこない本のことを思う。読んだのか、読まなかった。返ってくることのないその本の赤い栞は、血のように垂れ下がっているだろう−−
 

本の貸し借りをするということは親しい間柄だったのだろう。それから何があったのか、どれくらいの月日が流れたのかは分からない。もはや、貸した本がどうなったかを尋ねて確認できるような関係ではない。
 

親しみが憎しみに変わる、とまではいかないかもしれないが、赤いであろう栞が血のように思えるという感情には、固まり切らない両者の関係性を傷口のように生々しく感じさせて、なんだか怖くもある。 

永井陽子に次の歌があった。
 

一冊の本を借りたることのみのえにしにながくかかはりて来し 永井陽子『小さなヴァイオリンが欲しくて』

 

こちらは、本を借りたままの側の歌である。本を借りたということだけが相手との繋がりでありつつ、その本を見るたびに相手ことを思い出すのだろうか。
 

兵庫ユカの歌にも、本を借りた「あなた」がいる。「あなた」も案外本を見るたびに、こちらを思い出すのかもしれない。
 

同じように栞に血を思うかは分からない。けれども、両者の間には本の貸し借りによる、それこそ栞のような一本の繋がりが、切りようもなく残っている。
 
 

(☞次回、8月2日(水)「かすかに怖い (11)」へと続く)