魚村 晋太郎


冬の夜の洗面台に忘れたるくれなゐの櫛おもひて眠る

多田零『茉莉花のために』(2002年)

髪と言えば櫛。

櫛の使用の歴史は古く、縄文時代の遺跡からも出土するという。髪がしばしば女性の情念を象徴するとすれば、櫛もまた同様である。クシ、の音は苦や死に通じるので、拾ってはいけないとか、贈ってはいけないとか言われたりするが、クシ、は、奇し、から来ていて、もともと呪術的な道具でもあった。

結婚や同棲をせず、週末だけ一緒に過ごすような関係の場合、洗顔料とか歯ブラシとか、相手の使うものが、自分の部屋に少しずつ増えてゆく。うちとけた関係の場合、問題はないが、遠慮やわだかまりがあると、互いの私生活を侵さない、という不文律が生じる場合もある。主人公は普段、みだりに相手の部屋に持ち物を置いてきたりしない。或いは、普段は置いていたとしても、今日は、もう二度と逢わないつもりで帰ってきたのかも知れない。相手の部屋の洗面台に残された紅い櫛は、主人公の思いであり、主人公の分身である。

相手の部屋、ではなく、ホテルの洗面台だった、という可能性も勿論ある。取りに行ったり、連絡して送ってもらったりしにくいようなホテルだった。この場合、紅い櫛は、人目をはばかる二人の関係を示唆するものであり、また喪失の予感でもある。

普段は置いてこない相手の部屋に、今日は置いてきてしまった、と読むのが、この一首の一番面白く、一番せつない読み方だと思う。置いてくるべきでないところに置いてきた櫛、それは置いてきたかった櫛、でもある。マンションの、とか、ホテルの、とか、そういう説明ぬきに、冬の夜の洗面台と櫛だけが提示されることで、読者は白と紅の鮮烈なコントラストと、陶器のつめたさに直接ふれる。すべて説明されるとき、読者はあくまでも読者である。ぎりぎりまで説明をそぎ落とされた事物を手がかりに、読者は同じ夜のかたすみで、ひとりの女性のせつない思いと対面するのである。