都築 直子


手の甲に浮く老斑の濃く淡くひと恋いしこと長く忘れず

錦見映理子『短歌、WWWを走る。』(五十嵐きよみ・荻原裕幸編 2004年)

 

『短歌、WWWを走る。』(*「WWW」に「ウェブ」のルビ)は副題を「題詠マラソン2003」という。この「マラソン」は、2003年に五十嵐きよみがインターネット上で開催した、百の題による題詠イベントだ。資格不問で募った参加者162人中、121人が一年をかけてマラソンを完走すなわち百首の歌を投稿し、ウェブ上の短歌のあり方に新しい局面を拓いた。本書は投稿歌12916首から2422首を抜粋したもので、帯文によれば「史上初のウェブ短歌アンソロジー」である。

 

2003年当時、歌歴二年目に入った私にとって、「題詠マラソン」はまたとない研鑽の場だった。ただし、ネット上に投稿するだけの勇気はまだない。ひっそり沿道から声援を送りつつ、一人こつこつと百首を作る形で伴走していた。なお、イベントはその後「題詠blog」と名称を変えて五十嵐により毎年開催されており、目下「題詠blog2013」が進行中だ。

 

〈手の甲に/浮く老斑の/濃く淡く/ひと恋いしこと/長く忘れず〉と5・7・5・8・7音に切って、一首三十二音。官能の匂いただよう一首だ。題「浮く」へ出詠された。

 

「ろうはん」といまパソコンに打ち込んでも漢字変換されないが、手元の広辞苑第六版には「老斑」が出ている。「年をとると現れる皮膚の染み」。「老人性色素斑の略称」とは記されていない。しかし略称かもしれないと想像する。「年をとる」とは何歳くらいのことか。老人性色素斑を調べてみると、早い人は十代から出るとか、二十代からとか、諸説ある。五十代では八割に出る、ともされる。「老」といいつつ、若いときから現れるようだ。現実世界の事情はともあれ、「老斑」という字面から思いうかべるのは、六十代以降だろうか。

 

その人の手の甲には濃く淡く老斑が浮いていた。そのようにある時は濃く激しく、またある時は淡くやや引いた気持ちで、〈わたし〉はその人を恋していたのだ。そのことを長く忘れずにいた――と歌はいう。序詞(じょことば)がうまく使われている。「手の甲に浮く老斑の」が、「濃く淡く」を導きだす序詞だ。老斑が濃く淡くあるように、濃く淡く恋していたのである。「老斑のように」と直喩を使うことなく、比喩を表現できる序詞は、短歌ならではの楽しい技巧だ。

 

一首の功績は、恋の歌に「老斑」をフィーチャーしたところにある。相聞の新しい姿を提示した。いまの世の中で、老斑は嫌われものだ。化粧品の広告では、隠したいもの、取り去りたいものの筆頭だ。けれどそうだろうか、と歌は問いかける。好きな人のものなら、皺でもシミでも匂い(「老人臭」「加齢臭」などといわれるあれだ)でも愛しいものとなるのではないか。それが恋だ。惚れた相手の手の甲にほんのり浮いた老斑ほど、じつはセクシーなものはない。電車の中とかカフェの中で、見知らぬ人の手にある老斑に目がとまるとき、〈わたし〉はいつもはっとした。そして老斑を見つめながら、あの人に会いたくてたまらなくなった。そんな〈わたし〉の声が、歌の背後から聞こえる。

 

「浮く」から、「老斑」を引きだしてくる作者。題詠マラソン2003観戦ののち、錦見映理子の名を私は長く忘れずにいた。