江戸 雪


雨だから迎えに来てって言ったのに傘も差さず裸足で来やがって

盛田志保子『木曜日』(2003年)

結句の「来やがって」におどろいて、この口調をまずどう受けとめるかどぎまぎする。
気をとりなおして、もういちどはじめから読むと、この台詞には愛がこめられていることが判明。
歌を読んで、なんともいえない純粋さにふれたような、こんな気持ちになることはあまりない。この歌の結句の仕掛けにさわやかに身をまかせようとおもう。

雨が降ってきた。だから「迎えに来てって言った」。
それはふつう(?)、<傘を持って来て>ということだ。
けれど、「傘も差さず裸足で」ほんとうにただ迎えにきたキミ。ちょっとヌケている。けれどずいぶんおもしろい。
キミは、雨をよける傘という存在の意味をまったくかんがえない。そんなことどうでもよくて、「迎えに」行く、つまり<逢いに>行くということだけが大切。
だから「傘も差さず裸足で」迎えに来たのだ。

ちょっとずれた行動、こちらの予想をこえるまっすぐな行動、そんなことが、こいびとたちの純粋さや絆の強さの証明になるのかもしれない。

♪雨だから迎えに来て、そして2人で濡れて帰ろう。靴なんか脱いでしまえ。あ~ほら、びしょ濡れになってしもたやんか。もう。