前田康子


うなだれし秋海棠にふる雨はいたくはふらず只白くあれな

長塚節『長塚節歌集』(1993)

 

京都、大原の三千院への道はこの時期、秋海棠の花が咲き乱れている。参道のお土産屋に沿って細い川がありその壁面や川沿いにこの歌のようにうなだれながら花が咲いている。この一首は秋雨が降った中に秋海棠が咲いている様子で、その雨が花を散らさないようにきつく降らずにただ白くあってほしいと願っている。

「白雨」という言葉があるがそれは夏の季語で夕立などをさす。秋のことを「白秋」というが、細かな秋の霧雨のような雨を願っているのだ。しかしこの歌には詞書がついていて平福百穂氏から届いた絵葉書を見て作った歌で、実景の花を詠んだ歌ではない。平福百穂は日本画家でアララギの歌人でもあったが、岩波文庫の装丁で有名である。また歌集をはじめ多くの書物の装丁を手がけている。

白埴(しらはに)の瓶こそよけれ霧ながら朝はつめたき水くみにけり」という「鍼のごとく」の冒頭の有名な一首も実景ではなく「秋海棠の画に」という詞書がついている。これも百穂の絵を見て詠んだ一首なのだろう。「うなだれし」と同じ絵なのだろうか。「うなだれし」は庭に咲いている秋海棠で、(百穂の庭に咲いている秋海棠)「白埴」はその秋海棠を室内に活けている所を描いている絵にも感じられる。「あれな」や「よけれ」といった語調が大らかで、絵のなかに閉じこもらずに感覚的に外界へ広がっていく歌になっている。

 

秋雨のしくしくそそぐ竹垣にほうけて白き(たら)の木の花

 

明治38年京都を旅している時の歌。詞書に「一乗寺村」とある。私の家の近所だ。(たら)の木は春にその芽を天ぷらなどにして食べるが、花をじっくり見たことがない。ぼんやりと白い花が秋雨のなか咲いている様子を詠んでいる。「竹垣」という素材がきいている。

 

(おも)しろの八瀬の(かま)風呂(ぶろ)いま焚かば庭なる芋も掘らせてむもの

大原

(ちまき)巻く笹のひろ葉を大原のふりにし(さと)は秋の日に干す

寂光院途上

鴨跖草(つゆくさ)の花のみだれに押しつけてあまたも干せる山の真柴か

寂光院

あさなさな仏のために伐りにけむ紫苑(しをん)は淋し花なしにして

 

八瀬の郷から大原寂光院を旅している歌。八瀬の釜風呂は1300年も続く日本古来のサウナのようなもの。一日中あたたかい釜風呂には庭でほった芋もあたためて食べられると想像している。土地の名所旧跡をまわりながら、節の見ているものは自然や季節に合わせた暮らしである。ちまき用の笹の葉を一枚ずつ干している様子や、山から刈って来た柴を乾かしている庭、または花を刈られてしまった紫苑の茎を何気なく詠んでいる。このよう大原の隠れ里の暮らしは、今読んでもそんなに古さを感じさせない。今も八瀬、大原はどこかこのようななつかしい雰囲気が残っている。秋と大原と、節の歌という三つの取り合わせが絶妙である。

(『長塚節歌集』は大正6年に出版されそれ以降、種々刊行されている。今回は清水房雄編のものから引用した。)