一ノ関忠人


一ぽんの蠟燭の灯に顔よせて語るは寂し生きのこりつる

島木赤彦『太虚集』(1924年)

*灯に「ひ」のルビ。

 

9月半ばになってしまったが、関東大震災にかんする歌を読んでおこう。島木赤彦の一首である。

赤彦は、震災の報を聞いて9月3日信濃を出発、5日東京に着く。震災後4日目の被災地に入り、アララギ会員の安否を尋ねて歩く。『太虚集』巻末記には、関東大震災に対して「自然の偉力と言うても、あゝなれば暴力である。暴力であつても、それが自然の不可抗力である以上何うすることも出来ないのである。自然に対する人間の力のどん底を、あの震災でまざまざ目の前に見せつけられた心地がし、小生等のもつ人生観も、あゝいふ現象に対して、新たに根柢から揺り醒まされる心地がする」とある。

 

遠近(をちこち)の烟に空や濁るらし五日を経つつなほ燃ゆるもの

かくだにも道べにこやる亡きがらを取りて歎かむ人の子もなし

老母(おいはは)を車にのせてひく人の生きの力も尽きはてて見ゆ

大君の御濠に下(お)りて衣すすぐ己(おの)が身すらも夢と思はむ

 

一、 二首目は6日の下町震災中心地の景色である。三、四首は日本橋から皇居あたり、いまだ死体の始末が終わっていないことが分かる。

アララギ同人は「悉く難中に命を全うした」。ただ高田浪吉は、隅田川に浸かってようよう生き延びたが、母と妹二人の行方は分からないままになった。

 

現(うつ)し世ははかなきものか燃ゆる火の火なかにありて相見けりちふ

火のなかに母と妹(いもと)を失ひてありけむものかその火の中に

己れさへ術(すべ)なきものを火の中に母と妹をおきて思ひし

 

そして、今日のこの一首、一本の蠟燭の灯に顔をよせて語っているのは、高田浪吉と赤彦だろうか。自分だけ生き残ったことが罪のように感じられるのだ。結句の「生きのこりつる」が複雑な心のうちを語っている。

 

焼け跡に霜ふるころとなりにけり心に沁みて澄む空のいろ

うち日さす都少女の黒髪は隅田川べの土に散りぼふ

関東大震災による死者は、9万1千人と伝えられる。

今私が棲むマンションの窓から相模川の対岸の厚木神社の森が見える。このあたりも激しい揺れに見舞われ、大火災が起きた。その被災の記念と慰霊を目的とした巨大な石碑が、その境内の外れに建っている。

「あゝ九月一日」

こんな碑文の巨大な、そして埃に汚れた石碑に、最近では気づく人も少なくなっている。