前田康子


人として生れたる偶然を思ひをり青竹そよぎゐる碧き空

志垣澄幸『日月集』(2014)

人生を振り返る歌がこの歌集には多くある。これもその一首。自分の親のもとに生まれたことや、伴侶に出会ったこと、そういった運命を不思議に思うことはある。作者はさらに「人として生れたる偶然」をあらためてしみじみと思い返している。若竹がそよいでいる碧い空には限りない未来が広がっているように見える。作者はそれを見ながら、人として歩んできた人生の雨露霜雪を振り返っているのだ。

 

けふはまだ死は遠き日に思はれて海外旅行などを思へり

もう()つくに蝉ら一生を終へてをりともに在りたる夏想ひゐる

 

このような歌もある。「死」というものは誰にいつ訪れるものかわからない。しかし80代になろうとしている作者は「死」を近く感じている。そういった日々の中で今日は「死」をそんなに意識しないゆったりとした日だった。楽しい予定を考え、「海外旅行」へ行く自分を想像してみる。二首目は蝉も鳴きやんだ頃、ふと蝉のあっという間の一生をおもいみている。「ともに在りたる夏」は蝉が一週間ほどを鳴き続け、自分とともに生きていた夏を意識している。

 

古墳(ふるづか)に蕨摘まむと目を凝らす物証さがす捜査官のごと

野を貫ける川が大きく曲がりゆく沿ひて笹竹叢も曲がれり

午後の陽が遠く何かに当りゐて合図のごとくこちらに返す

わが打ちて払ひし蠅が陽のあたるインド洋を這ふ古き地球儀

 

こういった自然や生き物にかかわる歌も魅力的だ。一首目は古墳の周りの野で蕨を探している様子。下句の比喩がおもしろい。腰を低くして入念に探している様子が伝わってくる。二首目はゆったりとした景色を詠みながら表現が的確である。大きく蛇行している川に沿うように、笹竹叢も曲がっていっているのだ。リズムもどっしりとしていて、大きな自然の力を感じひきこまれる。

三首目は、冬の情景だろうか。透きとおった空気の中に冬の光は鋭く見えることがある。どこかのガラスにあたって反射している光が「合図」のようにこちらに返って来る。「返す」と表しているところが面白くて、遠くの見えない誰かが光の信号を送っているようである。

四首目は、結句まで読んできてわかる一首。地球儀を詠んだ歌はよくあるがこれは設定が面白い。寄ってきた蠅を払ったら、地球儀に止まったのだけれど「インド洋」のあたりに止まって動いている。蠅という身近な生き物から一気にスケールが大きくなり、最後には部屋の地球儀にもどる。「古き」は国名などが古いまま書かれた歴史の止まった地球儀なのだろう。