松村 由利子


本棚のむこうでアンネ・フランクが焦がれたような今日の青空

                   岡野大嗣『サイレンと犀』(2014年)

 

作者は、澄みきった青空を仰いでいる。そして、ふとアンネ・フランクを思ったのだ。一首全体が、結句の「青空」の修飾句となっている構成が見事である。
歌を読み終えた瞬間、胸が詰まるような思いにさせられる。ああ、本当にどれほど彼女は広い青空の下で駆け廻りたかったことだろう。
美しい景色、満たされた気分、健康な自分……そんなときにアンネを思い出すことは、なかなか難しい。34歳という若い作者が、「青空」の向こうに、遠い昔に収容所で命を落とした少女を思う心の美しさに打たれる。
彼女のことを考えれば、ユダヤ人を迫害したナチス政権のことや、第二次世界大戦の悲惨なあれこれが胸をよぎることになる。アンネ・フランクがドイツのベルゲン・ベルゼン収容所で亡くなったのは、1945年の3月ごろだと見られている。それから70年もの月日が過ぎたのだ。若い世代には『アンネの日記』を読んだことのない人も多いという。
素朴に過ぎるかもしれないが、一人でも多くの人がふだんの青空にアンネ・フランクを思うこと――それが平和につながるのではないかと思う。想像力は人間のもつ最も大切な力の一つである。だから文学は力をもつ。「いま・ここ」ではない時空へ瞬時に移動し、心を動かすこと、すなわち一首の力である。