大和物語百四十七段死ぬことはないだろうに、女

          山内頌子『うさぎの鼻のようで抱きたい』(2006年)

 

平安時代に編まれた大和物語は、だいたい173段に分けられる。前半が貴族たちの歌語り、つまり、ほぼ同時代につくられた歌の由来を語る和歌説話だが、141段以降は古い民間伝承が収められている。後半のテーマは悲恋や離別、再会などであるが、中でも147段は、2人の男性に求婚されたことに悩んだ乙女が、生田川に身を投げて死ぬというドラマティックな物語だ。

この歌の魅力は、なんといっても大胆な破調である。たたみかけるような冒頭から、徐々に速度が緩やかになり、哀れみを込めた結句の「女」という呼びかけへ着地する、その見事な緩急にくらくらとする。

歌集には、作者が18歳から27歳までに作られた歌が収められているという。歌の初出がいつだったかは分からないが、この若さで「死ぬことはないだろうに」と呼びかける余裕が粋である。

2人の人に想われるという三角関係は、言ってみれば贅沢な悩みであり、少なからず甘美な痛みを内包する。作者自身にそういう経験があったかどうかは分からないが、作中主体は恋の達人といった風情を漂わせ、一首はやや野太い声を思わせるのである。歌集を読むと、この作者がたいへん繊細な感性の持ち主であることが分かり、民間説話の登場人物に心を寄せた歌の味わいが増す。

147段に登場する2人の男の姓は書かれているが、女の名はない。「女」と呼びかけられる対象は、悲劇の主人公となった純情な乙女であると同時に、女全般をも指しているようで切ない。