石田比呂志 『怨歌集』(1973年)
昭和五年生まれの作者。一度だけお会いしたことがあるが、忘れがたい印象を受けた。この歌は、東京で酒場の従業員などをしながら苦闘していた頃の第二歌集から引いた。三十代後半にして人生落莫の感深く、その一方で刃物を懐にのんでいるような、図太くて昂然とした文学への一念を持ちつづけた。扱いにくい男だったろう。きままで野放図で、そうして傷つきやすい。だから、夜は眠れない。思いを鎮めようとして、ある日見知った泉の音を思い浮かべてみようとしているのだ。
ありようはまぎれもあらぬ魂を一括にして売るようなもの
幹伝う雨後の涙痕さわさわと涕泣は木より木へ渡りゆく
情念を持って生きることの大切さを、この人の歌は教えてくれる。晩年は脱俗の気配を漂わせつつ、剽軽なユーモアを織り交ぜた歌を多作した。この人の『芳美一〇〇選』は名著である。