江戸 雪


ゆるやかに櫂を木陰によせてゆく明日は逢えない日々のはじまり

加藤治郎『昏睡のパラダイス』(1998年)

ゆるやかに小舟を漕ぐ。ゆるやかに君へとかたむく気持ち。
何かきっかけがあったのだろうか。わからないけれど、恋はたしかにはじまった。

小舟自体ではなく「櫂を木陰によせてゆく」というのは、たぶん、人目につきにくい湖の木蔭にそっと小舟を寄せて二人きりになったということなのだろう。
水面に大きくせり出した木々。匂うように空を覆う葉。ただむかいあっているふたり。
この歌から読みとれるのは、充足しているけれど、ひっそりとしたかなしい空間だ。

「明日は逢えない日々」。逢えない恋とはどんな恋なのかと考える。遠距離恋愛だとか困難な恋などを想像しやすいが、それではあまりに短絡的すぎるような気がする。
恋人と、じゃあまた明日、と逢って別れる毎日を求めるのに、現実はそうはいかない。徒労感におしつぶされそうになるような毎日の生活がある。それもまた愛おしいものではあるのだが、恋がはじまったばかりのときに、生活の雑事をすべて捨て去りたくなる一瞬もあるのだろう。そうすると、「逢えない」時間はたとえ一日であっても本当につらくさびしいもの。
ただ、ただ、逢いたいのだ。