松村 由利子


右クリック、左ワトソン並び立つ影ぞ巻きつる二重螺旋に

資延英樹『リチェルカーレ』(2013年)

 

ワトソンとクリックという若い分子生物学者が、DNAの二重らせん構造を明らかにしたときの、世界の興奮と熱狂は実に大きかった。あれから半世紀以上の月日がたったが、その功績は今も燦然と輝いている。

この歌では、パソコンのマウス操作としてなじみのある「右クリック」という言葉を初めに提示し、「左クリック」と続くのかと思わせて、意表を突いて「ワトソン」を持ってくるところが憎い。

「二重螺旋」は、DNAの二重らせんを指すはずだが、「巻きつる」という言葉があるため、何だかアサガオのような、つるを巻く植物の傍らに、実際のクリック、ワトソンが並び立っているような不思議な雰囲気が漂う。

「影」というのも意味深長である。二人の研究成果は後世に大きな影響を与えたから、その「影」と素直に読んでもよいが、文字どおり暗い影とも読める。

そもそも、彼らの「発見」の大きな手がかりとなったのは、別の研究者によるDNA結晶のX線解析写真であったことはよく知られている。撮影者は、ロザリンド・フランクリンという物理化学者で、ワトソン、クリックのノーベル賞受賞の前に病没した。二人が彼女の写真を不正に見たのではないかという批判は根強い。また、ノーベル賞受賞後のワトソンが人種差別的発言をして、名声が地に墜ちたことも記憶に新しい。

恐らくこの作者は、複雑な思いで「二重螺旋」にまつわるあれこれに思いを巡らせているのだろう。その重たい気分を「右クリック」という表現で軽くしてみせた上質のユーモアが光る。

 

編集部より:資延英樹歌集『リチェルカーレ』はこちら↓

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