松村 由利子


はろばろと天心をゆく月見れば月と教へしは父よと思ふ

       高崎淳子『風の迷宮』(2001年)

 

月がちょうど中天にさしかかる様子を見て、作者は父親を思う。自分が言葉を覚える前の子どもだったとき、「あれは月だよ」と教えたのは確かに父だったはず――記憶しているはずもない幼年時代について、甘やかな想像を抱く作者である。

この歌の収められた歌集には、「父」との永訣が詠われた連作がある。「天心をゆく月」の歌は、亡き父を偲ぶ歌なのだ。「電算機(コンピューター)とふ言葉覚えし十歳の吾には父が偉大であつた」という歌もあり、作者にとって父が常に見上げるような存在だったことがわかる。

全き存在を思わせる満月の清らかさと遠さが、もはや会うことのかなわぬ最愛の父と重なる。「はろばろと」には、切ないまでに恋しい気持ちが滲んでいる。

一つひとつの言葉を誰から教わったなどということを意識せず、私たちは日常生活を送っている。自分に「月」を教えてくれたのは、父だったのか、母だったのか。そんなことも思った。