江戸 雪


まなざしにはふれないやうにかきあげる火星の土の色の前髪

魚村晋太郎『花柄』(2007年)

三句目まで、とても甘い愛の場面。そして表記もすべて平がなである。
かきあげた「前髪」は誰の前髪?われの?それとも君の?
「ふれないやうに」という心の動き、そして「前髪」の色を細かく表現していることから、やはりここは君の「前髪」をわれが「かきあげ」たと読んだ。

向き合って、交差する視線。
おたがいに、想いを込めて見つめている。
逸らしたくない、逸らされたくない。だから、「前髪」を「かきあげる」ときも、
まっすぐこちらにむけられる「まなざし」がぶれないように気をつかった。
ふかく情熱的な愛の充足感が伝わってくる。
また、充足感いじょうに、何かを乗りこえ選びとりながら愛し合っているような印象をうける。
どんな小さな妨げにも、こいびとたちは敏感に反応し、だからこそより強く愛をもとめる。

そして、下の句の「火星の土の色」が、この歌を甘さだけの単色では終わらせない。
火星の土は、赤茶の錆いろというイメイジ。
どうしてこいびとの「前髪」をそんなふうに感じ、あるいは表現したのだろう。
神話や宗教などから読み説くこともできそうだが、そのようにブッキッシュに読んでもこの歌にいいことはあまりないようにもおもえる。
いま身をこがしている恋と、惑星のひとつである火星を結びつけることによって、
ふたりの想いが普遍性を持つことを願ったのかもしれない。
なんとなくそんな気がした。