江戸 雪


かかる深き空より来たる冬日ざし得がたきひとよかちえし今も

小野茂樹『羊雲離散』(1968年)

下の句にこころをうばわれる。すこし理屈っぽい表現だが、共感する。

まず、「かちえる」という言葉により、苦労してこいびとと結ばれたという印象をうける。紆余曲折があったのだろう。事は具体的に知るよしもないが(知ろうともおもわないが)、ふたりが結ばれた喜びは感じられる。
そして、「得る」とは。わがものにするという感じか。
結ばれたけれど、そばにいるひとはどこまでもいつまでもそのひとのまま。決してわがものにはできない。
愛が深まればむしろ遠く感じることさえある。独占したいという欲求と、その不可能性がさびしく美しい。

冬の日ざし。冬日向。
凍てつく冬の日に射す日ざしは、冬の寒さに張りつめた気持ちをやわらげてくれる。
しかし、そのあたたかい日ざしの源は、ふかく冷たい冬空なのだ。こんなにも深い空から、この日ざしはやってきたのか。初句の「かかる深き」の6音が、その陰鬱さを増幅している。

冬の日ざしを送りだしてくるひややかな空と、そばにいるひとの摑みとれないこころの源泉が、はかなくひびきあう。