光森裕樹


あおあおと一月の空澄めるとき幻の凧なか空に浮く

岡部桂一郎『竹叢』(『岡部桂一郎全歌集』所収 青磁社:2007年)


(☜5月10日(水)「月と空 (2月)」より続く)

 

◆ 月と空 (1月)

 

中空に「幻の凧」がぽつんと浮かんでいることを想い描く。さみしげな様子でもあるが、新年にふさわしい簡潔な美しさがある一首である。
 

近年は、凧揚げの景色も昔ほどは見られないかもしれない。そこから、「幻の凧」は昔の一月の風物を懐かしんでの表現と解釈してもよいだろう。一方で、岡部桂一郎の以前の歌集にも「幻の凧」が登場する。
 

知性とは何ならん今日のはじまりを幻の凧空にあがれり  『戸塚閑吟集』(不識書院:1988)

 

凧だけではなく、新年のはじまりである一月と「今日のはじまり」という表現にも近いものを感じさせる。知性とはいったいどのようなものであろうか、と思考を巡らせる時、そらに凧を幻視する。岡部にとって「幻の凧」とは、自らの魂や心、あるいは思考を司るなんらかの存在が具現化したようなものであるのかもしれない。
 

広い空を幻の凧が高くたかくあがってゆく――
 
 

(☞次回、5月15日(月)「月と空 (13月)」へと続く)