今井 恵子


雪の上に影ひきて立つ裸木に耳を当つれば祖父おほちちのこゑ

時田則雄『エゾノギシギシ』(2017年・現代短歌社)

 

天気予報の北海道・東北・北陸の地域に、雪マークがつくようになった。雪マークを見ると、そこに暮らしている人の日常を想像する。わたしの住んでいる関東地方は、めったに雪が降らないから想像するだけだが、想像の時間は、土地に根ざした言葉の力を感じるひとときである。

 

歌集標題「エゾノギシギシ」について、北海道の広大な土地で農業に従事する作者は「奴はとにかくしぶとい雑草なので、私は『こん畜生』と呼んでいる。私は大地にしぶとく生きんとするその生命力に一種の親近感のごときものを抱いているのだ」という。作物の敵である雑草に親近感を抱くのは、そこに大地にしぶとく生きようとする自分の生き方が重なっているからだ。野趣に富んでスケールが大きい言葉は、今日の日本の都市生活者のそれと大きく違う。

 

掲出の一首は、雪上に凛として立つ木の幹に耳を当てるという。この場所を動かずに立ち続ける木の声に耳を傾ける。祖父もまた、この場所で寡黙に生きたのだろう。祖父の声を聞くようだという。祖父の声は、すなわち祖父の生き方。祖父から父へ、父から「われ」へと継がれた生き方を確かめ、それを力強く肯定している。

 

てのひらのぶ厚い男と飲みながら千年前の話してゐる

木木たちは日暮れてもなほ立つてゐる真つ黒い枝をつーんと張つて

シベリアの空翔けて来し白鳥の百余羽あかねの水の面に鳴く

 

作者は、自然の中で自然の一部として自身を生きている「てのひらのぶ厚い男」や「木木たち」や「白鳥」と親しく対話しているかのようだ。人間の足が地から離れつつある現在、ともすると忘れがちな感覚である。