生沼 義朗


松平修文/「トゥオネラの白鳥」を繰りかへし繰りかへし聴く 日輪は過ぎ、月輪は過ぎ

松平修文『トゥオネラ』(ながらみ書房・2017年)


 

2017(平成29)年の11月に亡くなった松平修文の遺作展が、9月18日から23日まで青梅市立美術館の市民ギャラリーで開催されると聞き、先週の土曜日に行ってきた。

 

知らない人のために一応説明しておくと、松平修文は1945(昭和20)年、北海道北見市生まれ。東京藝術大学美術学部と同大学院で日本画を専攻した。小学校や定時制高校の教諭などを経て、1983(昭和58)年に青梅市立美術館の開設準備に携わり、開館後も学芸員として勤務。副館長などを経て、2009(平成21)年の退職まで務めた。

 

歌人としては1969(昭和44)年に「作風」に入会し、大野誠夫(おおの・のぶお)に師事。1979(昭和54)年から2年間、小池光、滝耕作、藤森益弘らと同人誌「アルカディア」を4号まで編集発行している。1984(昭和59)年、大野の逝去に伴い「作風」を退会。以後は無所属だった。歌集は5冊出されており、『トゥオネラ』は第5歌集。2007(平成19)年から2016(平成28)年までの10年間の作品485首が収められている。

 

展覧会に展示されていた66点の作品の多くは麻紙に膠彩された日本画で、重厚な雰囲気をまとっているのが印象的だった。絵画に見識を持つ人からの意見を待ちたいが、1960年代後半から1980年頃までの写実的な作風が、1990年代後半以降の作品は抽象性の高い幻想的な作風に移行しているのが自分にも分かった。また、樹木や水をモチーフにした作品が全体に多かった。

 

掲出歌は『トゥオネラ』の表題歌だ。「トゥオネラの白鳥」は8分くらいの曲で、シベリウスが北欧神話をモチーフに作曲した交響詩「レンミンカイネン組曲」の第2曲である。この曲のみ単独で演奏されることも多いという。トゥオネラは現世と冥界の境を流れる川の名前だ。日輪は太陽、月輪は月の異称であることは言うまでもない。言葉の意味をなぞれば、「トゥオネラの白鳥」を繰り返し聴いている間に時間が過ぎたとなり、もちろんこの場合の時間は一日単位ではなくおそらく何十年単位の長い時間を指す。だがこの歌が描こうとしているのはそんな単純なことではない。

 

『トゥオネラ』の歌はいずれも濃密で不思議なたたずまいを持っている。掲出歌に限らずどの歌も言葉の意味は比較的明快に読めるが、一首一首の歌は決して言葉上の意味の範疇にとどまらない。幻想性の意味では松平の絵画作品を見たときの感触と共通するが、歌や絵画の持つ幻想性は現実の暗喩やカリカチュアなどではない。松平は歌でも絵画でも景色を見えたままに描くが、事象の奥に真実の理を見出そうとしている。掲出歌の狙いをごく大雑把かつシンプルに言えば、シベリウス作曲の幻想的で陰鬱な雰囲気を持つ交響詩を聴きながら、楽曲に描かれる物語や景色を脳裡に思い浮かべ、人間の生死や時間の持つ意味などに想いを馳せている。そしてそれは相当の長い時間に渉って行われた考察でもあった。

 

そうした一種の自問自答とも言える世界との対峙が、そのまま松平の作品の迷宮にもなっている。松平の歌を読んでいるうちに開けても開けても扉があるように思えてくるのは、歌に松平の思考の作業が映し出されているからだ。当然読者は歌を読む際にその思考をたどるため、迷宮を歩む気持ちになる。もちろん迷宮は褒め言葉で、読者は迷宮を思う存分進めばいい。

 

松平修文の第一歌集『水村』をあらためて読むと、

 

 

雪のやうに眠れば芽ぐむ枝々の導管を水のぼりつづくも
市営塵芥焼却場のくれかかる煙突がながき髪の毛を吐き
水の辺にからくれなゐの自動車(くるま)きて烟のやうな少女を降ろす

 

といった歌に今でも立ち止まらされる。幻想性のキーワードで括ろうと思えば括れる点では共通するものの、もう少し人物の物語性が濃厚と言えばいいか、それぞれの歌の持つ物語がそれぞれ一定の方向性を持っている気もする。一方で『トゥオネラ』はもっと自在になっていて、読者がどのような物語を想像しても読みに耐えるだけの懐の深さとしなやかさを持っている。それでいて言葉の平明さは変わらない。至難の技であり、実はものすごいことと今になって気づく。松平の歌が今後いつまでも読者を得る予感を当然のように持つし、そうあってほしい、そうあるべきと強く願う。