奥村 知世 『工場』 書肆侃侃房 2021年
一首の上の句は、防寒着の名前。「ミドリ安全帯電防止防寒着」とは、なんだかとても物々しい。
作者の職場は、事故の危険にさらされ、冬には防寒の必要もあるようなところであるらしい。
さて、これから新しい防寒着をおろして現場に向かおうという場面。破ろうとする防寒着の袋には「男の冬に!」と書かれている。女が着ることは想定されていない防寒着のようだ。
女性であっても、男性用に作られた作業着や防寒着を身につけるしかないのが、作者の職場である。長く〈男の職場〉とされてきたようなところで女性が働くときにぶつかる大小さまざまな壁を思わないわけにはいかない。
カタカナと漢字で名詞が並んだ後に、袋に書かれていた文字の「男の冬に!」が来て、「袋を破る」という結句。動詞は、この「破る」だけ。作者の動作である結句が、かなり強く響くことになる。
単に新しい防寒着をおろして着る、というだけではなく、置かれている状況を打ち破る、というような響きもあるような。抑えていたものが、「破る」のなかに小爆発を見せているようでもある。こんな歌もあった。「実験室の壁にこぶしの跡があり悔しい時にそっと重ねる」。
軍手にはピンクと黄色と青があり女性の数だけ置かれるピンク
この歌を見ると、作者の他にも女性は何人かいるようだ。
作業着や防寒着と違って、軍手は女性用が用意されている。だが、女性用とはピンクの軍手らしい。
配慮されているようで、そこにもある男女差の意識。女性はピンクという概念はどこから来ているのか分からないが、人々の考えが既成概念から出るのはなかなか難しい。そういう環境の中で働いている。
3Lのズボンの裾をまるめ上げマタニティー用作業着とする
妊娠しても妊婦用の作業着があるわけではない。それならば、3Lのズボンの裾をまるめ上げることでマタニティー用作業着としてしまう。〈男の職場〉とされてきたところで働く女性の逞しさは、こういうところにも現れている。
置かれている状況を、そこで自分がどのように働いているかをうたってみせる。唾を飛ばすようにして作者が何かを主張しているわけではない。だが、歌を読めば、作者がそこで考えていることを感じとることができる。そうした歌のちから。それは、女性の働く場を切り開いている力とも繋がっているのかもしれない。