人類がおよそ男女に分かれける前の入江の夜静かなり

大津 仁昭 『天使の課題』 角川書店 2021年

 

人類の歴史をさかのぼるような歌だ。

男女の性が未分化であった頃。受精から誕生までの胎内で起こることを思えば、人類にそういう頃があったのかもしれない。

「入江の夜静かなり」は、実際の入江というよりも、生命誕生の水辺を思わせる。ぽこりぽこりと泡が生まれるように生命の誕生があったならば、そこは静けさに満ちていたかもしれない。

人類はおよそ・・・男女に分かれることで、何を得たのか。そして、何を失ったのか。そんなことを考えさせられもする。

 

春の夜の何の星座か下半身ひとに似て清らに精液こぼす

雲居から排卵されて庭満たすゆふぐれの色 少女ほしきを

 

春の星座で、下半身のありそうなものを考えてみた。北斗七星を含む〈おおぐま座〉、北極星を含む〈こぐま座〉、他には〈うしかい座〉や〈しし座〉が浮かんできた。

春の夜が、星座がこぼす清らかな精液で満たされる。

夕暮れには、雲居(遥かに高く遠いところ)から排卵がなされ、庭は「ゆふぐれの色」に満たされる。「ゆふぐれの色」、旧仮名遣いのひらがな表記が柔らかい。それは、たそがれ・・・・へと移ろう茜色を思わせ、庭はひととき排卵を受け容れた子宮内のようである。

そのままそれが少女の胎内へと入り込んだとしたなら……。そして、そこに星座がこぼす清らかな精液がかかったとしたなら……。少女は処女懐胎をすることになるのだろうか。

宇宙のひろがり、大きな自然の営み。その中に性のことを置いて考えたときに、既成概念となってしまっているものを超えるものが生まれてくるのだろうか。

男女の性をめぐり、生命の誕生をめぐり、そこから解き放たれたい思いもある。だが、そういう考えの行き着く先は、人類の滅亡でしかないのだろうか。

迷宮のような世界を怖々こわごわと覗きこみ、しばらく遊んだ。

 

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