渡辺松男『自転車の籠の豚』(2010)
今年、ALS(筋委縮性側索硬化症)の告知を受けたという作者。いつまでもながく、独特の世界を見せて欲しいと願うのみである。
さて、ご病気とは関係なく、デビュー当時から、その不可思議な感覚、特に変身譚、自然物との融合、などを特長としてきた作者。この第6歌集においても、その感覚は健在である。
「だれに見えるのか」がやや難しい。
「どのような人間として他の人の目に映るのか」という意味と「どのような人が私を感じて視覚で存在を感じてくれるのか」という意味のふたつがあるだろう。
ここでは、後者をとっておく。
「自分は肉体がない。しかし、だれかに見られているような気もする。自分から発している酢のような匂いを感じて、だれかがいるのではないかと疑っている人がいるようだ。」
という意味だろう。
存在を人に知られたくないようでもあり、知ってもらいたいようでもある。
「酢のような(そして酢ではない)匂い」が絶妙。有機物が饐えたような匂い、という単純な解釈を許しながら、なにやら得体のしれない存在を五感の中心に届ける。
さて、松男さんはどこに行く気なのか。