黒瀬 珂瀾


昨夜(きぞ)の雪消えぬ尾根より風来たり言葉いくたび人に滅びし

寺尾登志子『黄道光』

昨晩はほのかに雪が降った。目覚めて窓を開けば、朝日を浴びる遠くの尾根に、雪が白く残る。「消えぬ」だから、真っ白に冠雪したというより、半分ほど山肌を見せた状態で雪が残っているのだろう。純白と山肌がせめぎあう巍巍たる光景だからこそ、「風来たり」が活きる。冬の朝の風の、肌を刺す鋭さと冷たさが伝わってくる。

その風を頬に受けて、ふと思うのは「言葉」のこと。「言葉いくたび人に滅びし」の「人に」は解釈が難しい。「人類の歴史において」と取るのが順当だろう。どれほどの言語が過去、滅んで来たのだろう。そう考えるとき、短歌に携わり、日本語を受け継ぐことに何らかの宿命を感じたはずだ。それは、冷たい尾根から吹き下ろす風を受け止めるようなことだ、と。

その一方、「ある一人の人間の精神からどれほど言葉が失われたか」と取ることもできる。この場合は、ただ単語を忘れるという他に、衝撃のあまり「絶句」してしまったという意味も生じるだろう。それは掲出歌が「風 舞踏家直史氏に」という一連に含まれていることとも関連する。

 うたびとの葛原妙子その兄の<露西亜舞踏師>雪に翳ろふ
 をがたまは晩年の華いもうとは終生(ひとよ)めとらぬ兄を悼みつ

同連中の上記の歌は、歌人・葛原妙子の「雪しづか終生(ひとよ)めとらぬわが兄をゆめ純潔とおもはざれども」、「一枚の死亡診断書を受けとりぬ七十五歳露西亜舞踏師と記す」などと響き合う。葛原の兄は、一生を独身で通した舞踏家だった。その兄を悼む葛原の歌を受けた上で、寺尾独自の世界の歌として掲出歌は生まれた。寺尾は『われは燃えむよ 葛原妙子論』という著を持つ研究家でもある。

掲出歌は、歌が歌から生まれることの証左でもあるだろう。こうして、雪の尾根から風を受け止めるように、時を超えて歌人の精神は受け継がれてゆく。