澤村 斉美


ひいやりと猫過りたり元号に先帝の死後の時間を数ふ

渡英子『みづを搬ぶ』(2002年)

詞書に「『平成』元号を披露した小渕さんも鬼籍に入った」とあるので、歌の中の元号は「平成」を、先帝は昭和天皇を想定して読んだ。下句に意表をつかれた。1989年1月7日をもって昭和64年は終わり、翌8日からは平成元年となった。私も、新元号を発表する小渕恵三官房長官(当時)を映像で見たが、時代が変わるということなのだ、と子供心に理解したことを覚えている。

 

ところが掲出歌は、元号で数える年数はすなわち、先帝の死後の時間を数えることなのだという。現在なら昭和天皇死後23年目だ。新しい元号に示される時代を中心とした視点ではなく、過ぎ去った昭和の死者の視点を提示するところに透徹たる批評眼がある。上句の「ひいやりと」過ぎった猫は、心に過ぎった批評の感覚を絶妙に形象化している。死者を過去にとどめおいて、時間は容赦なく積み重なっていく。先の時代の何を理解し、整理し得ているのか、という問いかけを下句に読み取った。