魚村 晋太郎


誰が決めし「母の日」というおろかさにワインがとどき日傘が届く

久々湊盈子『鬼龍子』(2007年)

昨日、5月の第2日曜日は母の日だった。
母の日の起源にはいくつかあるが、1907年、アメリカの一女性A.ジャービスが、亡母を偲んで、母の好んだ白いカーネーションを教会で配ったのが直接の起源とされる。
キリスト教伝説では、十字架にかけられるキリストを見送った聖母マリアが落とした涙のあとにカーネーションが咲いたとされ、カーネーションは母性愛の象徴と考えられた。
ジャービスがカーネーションを配ったのは、母が好んだ花だったことにくわえて、この伝承の影響もあったと思われる。

はじめは、母を亡くした人は白いカーネーションを、母のある人は赤いカーネーションを自分の胸につけて、母への感謝の気持ちを表した。
それがいつからか、母親にカーネーションを贈るようになり、最近では品物をプレゼントする場合も多い。

ある生命保険会社のシンクタンクの試算によると、日本の経済における母の日の経済効果は約2400億円、父の日と合わせると4000億円を超えるそうだ。
インターネットで贈り物を注文する人も多くなったという。
母を偲び、母に感謝するはじめのころの素朴な気持ちが、失われてはいないだろうか。
一首の上句にはそんな疑問や、かるい批判の気持ちも感じられる。
でも、もちろんうれしいのだ。

5月の初旬は、暦の上では夏。
実際にすこし汗ばむような日もあり、日傘のプレゼントとはなかなか気が利いている。
ワインも主人公の好みに合ったものをえらばれたのだろう。
そうした、気の利いたプレゼントを贈ってくれるのは、子供たちが健康で安定した生活をしている証拠でもある。
それもふくめて、すこし照れながらよろこんでいる、主人公のまぶしそうな表情が目に浮かぶ。