澤村 斉美


やはり<明日>も新鮮に来てわれわれはながい生活(たつき)の水底にゆく

三枝昻之『暦学』(1983年)

三枝昻之の歌に、たびたび「生活」という言葉が出てくる。「たつき」と読む場合もあるし、同じ意味合いで「くらし」「くらす」といった言葉も使われている。掲出歌は、「生活(たつき)」に閉じこもることに対する恐れと苦しみをうたう。日々、<明日>は新鮮な相貌で現れる、という。しかし、その繰り返される新鮮な<明日>を生きることを「水底へゆく」という。「生活」に閉塞感と暗さを見てとっている表現だ。では、「生活」のどういうところに閉塞を感じているのだろう。

 

  風景のもろもろと和しひらくとき掌(て)にきざまれし無数の隘路

 

同じく『暦学』から引いた。「風景のもろもろと和する」とは、つまり生活のことではないか。身の廻りの、自分をとりまく世界のあらゆる形に、思惑に、流れに身を合わせ、世界と和睦する。「和する」とはそういうことを言っているのだと思う。だが、その時に作者が意識するのは、「掌にきざまれし無数の隘路」なのだ。「隘路」は、直截的には手相の数々の線を思わせるが、もろもろの風景と和することのない「私」の刻印、というふうに深読みをしてもよいだろう。風景のもろもろと和しながら、和することを拒む何かを強く意識するのである。『暦学』の前の歌集『地の燠』(1980年)には、このような歌もある。

 

  あかるさの雪ながれよりひとりとてなし終の敵、終なる味方

 

「ながれより」は、「流れ寄り」として読んだ。あかるく降る雪が、風に煽られある方向に吹雪く様子を思い浮かべた。一首には敗北感と孤独感がにじむ。敵もいない、味方もいない、平ったく拡散したような状況におかれて、敗北と孤独を感じている。最初の歌集『やさしき志士達の世界へ』から読んでくれば、この感情の背景に、大学闘争への参加と終焉という物語を読むことができる。あるいは、青春の終わりという物語を読むこともできる。が、そのような表向きの物語ではなく、敗北と孤独の中で、世界に和することのない「われ」をいかに毅然と立てていくか模索する精神の物語として、これらの歌を読みたい、と私は思った。

 

『暦学』の中で、上に挙げた歌のほかに、北陸の氷見や能登に旅をした歌が印象に残っている。

 

  寒ぶりのあまさを食みて一日を窓にながめし氷見の雨脚

  故もなく心にのこる富来で見し肌あたらしき切株ひとつ

  すでに挫折をする余地もなし見返れば冬陽にまみれ波移りゆく

 

観念を言葉に結実させる歌が多く見られる歌集にあって、これら旅の歌における事物の具体性と、シンプルな修辞(修辞らしい修辞を用いていない)は異色である。が、「寒ぶりのあまさ」や「肌あたらしき切株」、冬の陽を浴びて波が寄せてくる海の風景は、いいようがなく血が通っていてあたたかく、「再生」という言葉を思わせもする。『暦学』より後の歌集への流れを感じさせる。